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アーティストで聴覚障碍者の中村馨章が語る「音とコミュニケーション」
2022.06.10
銀座
展示風景『In Between-Resonance』
ー最初に作家を志したきっかけを教えてください。
中村:私はこれまで「音とコミュニケーション」の関係を聴覚と視覚の観点から探求し、それを表現してきました。
私が「音とコミュニケーション」を表現するようになったのは、幼い時からわずかな音と、目の前の人の口元や身振りを見て、言葉について考えるのが日常であったためです。また、聴覚障碍のため他者と交流することや情報を取得することが簡単ではありませんでした。だからこそ、人々の間を隔てている「境界線」やそれを乗り越えた対話の可能性を模索するようになりました。
特に、音と言語がどのように視覚・聴覚と相互作用するかを追及しており、この発想は、私自身が先天的な聴覚障碍者としての経験から生まれたものです。
展示風景より、中村馨章と《Noise-12》
ー2012年に人工内耳手術を受けられていますね。その後どのような変化がありましたか?
中村:右耳に人工内耳を装用したことにより、音声、視覚、および時間の知覚には大きな変化がありました。この体験は、作品の色彩と空間感覚、言語感覚に強い影響を与えてくれました。もちろん自身のコミュニケーションの仕方も大きく変化しました。
ー人工内耳手術の8年後、2020年にはアメリカの大学院を修了されたとのこと。海外の生活は中村氏にとって、どんな影響がありましたか?
中村:留学前は新しい作品への試行錯誤やTOEFLの勉強などに時間をかけました。その結果、視野や可能性が広がったように思います。またアメリカではディレクターであるルーカ教授(Professor Luca Buvoli)、ステファニー教授(Professor Stephanie Barber)を始め大学院の教授たちやキュレーター、その後シンシナティにてお世話になったマーク教授(Professor Mark Harris)からアートや物事の考え方や見方について多くのことを学びました。
この学びを基に、作品に様々な素材や新しいテクノロジーを導入したり、コラボレーションを行うなど、これまでとは違った制作にも挑戦しました。これらの方法で境界線を隔てている人々を繋ぐことができると考えています。また言語をモチーフに使用した非言語的な表現は、障碍やその他の境界線という壁を超える大きな力になる可能性を秘めていると感じました。
A Pure Sound World (installation) (2021) at Wave Pool Gallery, Tree, found objects, resin, 710 x 710x 300cm
ー制作に関して「断絶」や「境界線」という言葉が登場しますよね。他者との「断絶」あるいは「境界線」に対して、中村氏はどのように感じていますか?
中村:日本では断絶や境界線が「なかったこと」、あるいは「存在しない」かのようにされています。これは日本が「共感」を大切にする国だからであり、必ずしも否定できるものではありません。しかし障碍を持つ当事者として、「共感」を大切にすることで断絶がなかったことにされ、障碍者と健常者が互いに共感できないという矛盾に振り回されることが多くあります。
ご存じのようにアメリカでは、激しい差別が存在し、本能的に理解できない他者を排除してしまうという側面があります。その一方で、境界線で隔てられている他者を理解しようとする姿勢が、アメリカでは感じられるのです。
アートにおいても同じことだと思います。日本では欧米のアートを見てもよく分からないという方もいます。それはアメリカではアートは癒しやセラピーを超えた普遍的なものであり、人間同士のコミュニケーションと捉えているからだと思います。アメリカの大学院一年生の時にスタジオである現代アーティストにお会いした時も「見てすぐ理解できてしまうわかりやすいものを作るな。そこに深いコミュニケーションは生まれない」と言われたことと関係しているように思います。
展示風景『In Between-Resonance』
ー展覧会名の『In Between―Resonance』にはどんな想いが込められていますか?
中村:「A World without Sound」「Pink sounds」「Timbre」「Noise」と、4つのシリーズに分けており、どれも「音」というキーワードとつながっています。
日本で障碍を持つ人たちとの断絶や境界線が解消されないのは、そもそも障碍者が健常者と言われている人たちと同じ土俵にいないことが要因の一つです。しかし多様性は社会の閉塞を打開していくものであり、どの文明においても必要なものです。また感覚や意識の違いは常にアイデンティティの揺らぎやコミュニケーションにおける誤解をもたらしますが、そこから新しい意味が発見されると信じています。
この展示では、観客が、自身が聴者(健常者)と聴覚障碍者の間にいる不確かな存在であっても社会の場で強く生きることができるということを感じてほしい。また、作品そして聴覚障碍者に何らかの共感を抱く、あるいは共鳴できる接点を見つけて欲しい、という私自身の願いが込められています。
展示風景より「A World without Sound」シリーズ
展示風景より「Pink sounds」シリーズ
展示風景より「Timbre」シリーズ
展示風景より「Noise」シリーズ
ー今回の個展はキャンバスアートのみの展示です。中村氏の原点である絵画に回帰しての制作にはどのような想いがありますか?
中村:メインビジュアルのタイトル「Noise (ノイズ)」は、無音世界で絶えず聞こえてくる混沌とした不思議な音のことです。そのノイズのイメージで描かれたペインティングは私が生まれた時からの聴覚障碍者として経験した原風景であり、自己の内部世界を可視化する試みです。
展示風景より、中村馨章「Noise」シリーズ
この不思議な音を表現するにあたり、記号論で言う「アイコン」「シンボル」「インデックス」を意識しました。また筆談や通訳に使われた英語の表音文字(私にとって他者とコミュニケーションをする時に必要な手段)を使用しています。この手法によって聴者と聴覚障碍者それぞれの精神、視覚や聴覚の違いや認識のズレを感じ、考察を促すことができると考えています。
ー今後の展望をお聞かせください。
中村:芸術による表現とコミュニケーションは異なるものですが、「心を伝える」という点では同じだと考えています。本展の表現を通じて、障碍者と健常者、また様々な人々の間を隔てている“境界線”を乗り越えた対話の可能性を模索したいと考えています。
また「音とコミュニケーション」という複雑なテーマを扱った作品を作るにあたり、何ができるのか、どのように真実を伝えていけるのかも工夫していきたですね。
展示風景『In Between-Resonance』
ーありがとうございます。最後に一言お願いします。
中村:芸術は普遍的なものでありつつも、個人の歴史を語ることによって人間同士のコミュニケーションを生み出すことができます。これはおそらく特殊性と普遍性を横断しながらダイナミックな潮流を作り出してきた生命の歴史そのものです。私たちには個人の歴史を尊重しつつも、大きな流れを損なわない文明を作っていくことが求められているのかもしれません。
展示風景『In Between-Resonance』
様々な素材や新しいテクノロジーを導入した制作方法を経て、個展『In Between-Resonance』で自身の原点である絵画に回帰した、中村馨章。
キャンバスには聴覚障碍者として経験した原風景や作家自身の内部世界が可視化されている。それは、障碍者と健常者という枠組みだけでなく、人と人とを別つ「境界線」「断絶」を作品鑑賞という行為を通して顕在化させようとする試みでもある。自分と他人を別つことで、共鳴は生まれるのか。新たな対話の可能性を見出すことはできるのか。ぜひ作品を通して感じてみて欲しい。
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