私は制作を通じ、人々の間に存する聴覚と視覚の接点と限界、すなわち「音とコミュニケーション」を探求してきた。素材・音・言語がどのように視覚・聴覚と相互作用して知覚の境界を超えることに寄与するか。このテーマは、私自身が先天的な聴覚障碍者としての様々な経験に拠るところが大きい。
音とコミュニケーションを表現することが命題になったのは、幼い時からわずかな音と、目の前の人の口元や身振りを見て、言葉について考えるのが日常であったためである。他者との交流や情報の取得は容易ではなかったが故に、人々との間に引かれてしまう境界線を越え、対話の可能性を模索することに強い関心を持つのはごく自然の成り行きであった。
このように常に音を想像し、言葉と実像の間にある曖昧な言語の関係性を模索してきたことは、例えれば海の上を漂う漂流物を辿りながら大海原を横断するようなものである。一方、他者との対話の困難さは、深い森や山の中でさまよう旅人の心情に似ている。
中村馨章: In Between-Resonance
Ginza New Gallery
2022.06.03 – 07.02
INTRODUCTION
聴覚障碍により幼いころから僅かな音と読唇術をもとにコミュニケーションを図ってきた中村。彼にとって音はまず想像であり、それが言葉となり実像と結ばれるまでの間(あわい)はごく日常的な体験であった。このタイムラグは、様々な不確実性を内包しているがゆえに、またとない創造の磁場でもある。無音と有音世界、身体と認知、想像と実像、名づけと実体、経験と観念―それらが出会い、拮抗し、浸食し合い、響き合う何かが生まれるところ。さらに、2012年より装用し始めた人工内耳、2018年からの4年間にわたるアメリカ滞在での新たな素材やテクノロジーとの出会いは、中村の「知覚のありよう」に劇的な拡張をもたらした。
今展では自らの原点である絵画へ回帰。音や言語で構築された心象風景にメスを入れることは、作家にとって「あらゆる狭間に潜む知られざる対話の可能性」を探ることであり、己を賭すことである。
不確実性を乗り越えた先にある共鳴への手がかり。今展が、すれ違う自己と他者間へ羽ばたく想像力の一翼となることを作家は願う。
Noise
無音世界で絶えず聞こえてくる混沌とした不思議な音の世界を表現。そのノイズのイメージは私が生まれた時からの原風景であり、自己の内部世界を可視化する試みである。他者とは永遠に共有できない音であり、時々轟音のように響いたり、海の波のように淡々としていることもある。また、筆談や通訳に使われた表音文字 ―私にとって他者とコミュニケーションをする時に必要な手段ー を使用している。この表音文字を来場された方と共有することにより、精神、視覚や聴覚の違いや認識のズレを感じ、考察を促すことができると考えている。
断片的に見える人物は手話を使っている聴覚障害者のダンサー。
キラキラした文字や物を描く理由....
暗い海の波を見ている時、突然補聴器の電池が切れることがあります。その時あたかも海は鼓動を失い、静かな星座のような煌めきに似たものになっていきます。また夜道を歩いている時に同じように電池が切れると、外灯や地面に落ちているガラスの破片、水溜りなどの煌めきが強くなり宝石やホタルのように見えてきます。その体験を共有しようとしています。
私は2012年12月より右耳に人工内耳を装用した。このことは、私の音声、視覚、および時間感覚を激変させた。色彩と空間認識、言語感覚、そしてそれらを濃厚に湛える表現活動において効果は顕著であった。また、脳裏に散りばめられた言葉の断片と捉えがたい色彩との関係がパラレルに再構築されるようになり、自身のコミュニケーションの仕方にも変化をもたらした。2018年からは4年間アメリカに留学、2年間大学院に在籍した。自分だからこそ可能な社会貢献を成し遂げたいという思いがあったためだが、折しもそれまで日本画で用いていたメディアや素材の選択や制限が、表現における新しい視点を妨げていると感じていた時期と重なる。現地で様々な素材や新しいテクノロジーを学び、それらを表現に導入することにより、アートが持つ、よりインタラクティヴな可能性を実感した。
A World without Sound
対話する音の世界をテーマに表現。中村は筆談を多く使用しており、その上に描かれている炎やカラフルな色彩は音をイメージしている。
Timbre
”A World without Sound”の連作シリーズ
対話する音の世界を表現。中村は筆談を多く使用しており、筆談の上に描かれているオレンジはにぶい音色をイメージしている。聴覚障害者のため音は常に曖昧に聞こる。(そのため口話が必要)
Pink sounds
音のある世界と無音世界の境界線を表現。この作品では画面の左側にピンク色を塗っているが、音の世界を象徴しており、それは2013年に人工内耳を装用した時、音がピンク色に感じられたためである。一方、画面の右側の墨は無音世界を象徴している。左側のピンクのアクリル絵具から右側の墨の部分に絵の具をたらし込むことで、あたかも沈黙の世界に音が流れこんだかのように表現。つまり、アクリルと墨という、異質の素材を画面上で融合させることにより境界線とは何かを追求している。
2022.06.03 - 07.02
銀座新館
Tel: +81 (0)3 3574 6161
Fax: +81 (0)3 3574 9430
Opening Hours: 11:00 - 19:00
Closed: 日曜、月曜
インスタグラム・ライブ 6月22日(水) 18:00〜
In Between―Resonance 作家のガイドツアー ※日本語で行う予定です。