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地形をかたちにする建築:隈研吾が見つめた自然の記憶
2025.08.20
INTERVIEW
長年にわたり「地形」というテーマを追求し、建築界に新たな地平を切り拓いてきた建築家、隈研吾氏。彼にとって、建築とは単なる「形」ではなく、周囲の環境や自然と呼応する「地形」そのものである。一貫して地形を追求してきた彼の哲学の集大成ともいえる展覧会『隈研吾:ランドスケープアーキテクチャー 丘・山・森・洞窟』が現在開催中。
本記事では、アートと建築の可能性を探る「ART × ARCHITECTURE」シリーズの一環として、展示会場にある作品を紐解きながら、その思想の根源と、人類の未来に向けたヴィジョンに迫る。
木の積層が生む、都市に現れた現代の洞窟
オドゥンパザル近代美術館の模型
トルコ北西部の都市、エスキシェヒルにあるオドゥンパザル近代美術館。かつて木材の市場があった都市に出来たこの現代アート美術館の特徴は、木の線材を少しずつずらしながら積層されることで生み出された、洞窟のような神秘的な空間だ。隈氏は、木材をただ積むだけでは「洞窟の持っているやわらかさみたいなものが消えてしまう」と語る。木材を回転させながらずらしていくことで、テクスチャーの豊かさや神秘性が生まれることを発見した。
この独創的な手法は、ホワイトストーンギャラリー台北を設計する際に生まれた。こちらも同じく木材をずらしながら積み上げる形が特徴である。スケールは違えど、同じ手法を用いることで、都市の中に同様の洞窟的な空間が出現した。これは、かつて語っていた「小さい建築が大きい建築に影響を及ぼす」という思想を体現した事例である。
森と響き合う、鳥のように羽ばたく建築
<Roof/Birds>の模型
浅間山を見下ろす軽井沢の豊かな森に佇むのは、ゲストハウス<Roof/Birds>。この森を訪れた瞬間、隈氏は「ここの建築は、鳥になるべきだな」と直感したという。その名の通り、屋根が鳥の羽のように軽やかに羽ばたく形が、森の中に点在することで、建築と自然との間に深い響き合いが生まれた。
「森というのは鳥がいることによって、より森になる。そういう感じを建築で表現してみたいなと思ったんですね」
隈氏にとって建築は、ただ消すのではなく、自然の一部であることを重視する。鳥や虫、魚といった生き物の振る舞いを観察し、それを建築に活かす。<Roof/Birds>内装に目を向けても、その思想は一貫している。下から屋根を見上げたとき、鳥の羽を支える骨格のように、合理的で美しい骨組みが見えるように設計されている。上から見ても、中から見上げても、屋根が優しく空間を包み込み、訪れる者は森との一体感を感じることができる。
森と一体になる建築へ
《風通る白樺と苔の森 <チャペル>》の模型
白樺の森に溶け込むように建てられた、《風通る白樺と苔の森 <チャペル>》は、ガラスを特徴的に使いながらも、従来の「ガラスの家」とは一線を画す。モダニズム建築が、ガラスという工業素材そのものを見せることを主眼としていたのに対し、隈氏が目指したのは「森がテーマの建築」だ。
「僕はガラスの箱をやりたいわけじゃなくて、むしろ森というものをそのまま建築化したい」と語る隈氏。森の主役である白樺の木々の内部に鉄の支柱を入れた構造体を作り、内部の柱と外部の木々が一体となって空間を支える。ガラスは、その関係性を繋ぐための脇役にすぎない。モダニズムが工業化時代の頂点を象徴するものであったとすれば、隈氏の建築は、環境問題に直面する現代において、工業化の一歩先にあるべき姿を提示する。
里山の原体験から、再び自然と生きるために
隈研吾氏
隈氏の建築の根底に流れる深い自然への思いは、どこから来るのだろうか。彼は横浜で過ごした幼少期の原体験を挙げた。家の裏に広がる里山は、彼にとって最高の遊び場だった。
「学校から帰ってくると、家から裏の山に登ると里山の道なき道を歩いて、中を自由に走り回れる。そういう時間を持つことができたんですよね」
そこは、虫や鳥、蛇など、多様な生き物が季節ごとに姿を見せる生命の宝庫だった。彼らと共に生きているという感覚は、この里山で育まれた。また、里山に点在していた洞窟も、彼にとって重要な場所だったという。怖いけれど魅力的なその空間に足を踏み入れると、「日常の世界と完全に違う精神状態になれる」感覚があった。丘や山、森、そして洞窟。幼い頃に五感で触れた自然の記憶が、彼の創造の源泉となっている。
自然と溶け合う建築
自然と共生する建築を追求してきた隈氏に、これからの人類のあり方について尋ねてみた。彼は、人類の20万年の歴史を「上り坂」だったと表現する。狩猟採集から定住へ変化し、都市化が起こり、密度と高さを増してきた文明は、環境問題という形で我々に返ってきており、折り返し地点に辿り着き、これからは「下り坂」を下っていかねばならない、と隈氏は語る。
人工的な環境に慣れきった身体を、もう一度自然の中へと戻していく。そのための建築とは何か。それが、彼が自らに課した問いであり、彼の作品すべてに共通する問題意識なのである。彼の建築は、未来の人類が自然と再び調和するための、新たな道標を示している。
隈研吾の自然と建築の関係性を深める展覧会は、8月31日まで軽井沢ニューアートミュージアムにて開催中。
展覧会情報
【会場】
軽井沢ニューアートミュージアム 第1~第6展示室(2階)
【開館時間】
10:00~17:00(7- 9月は18:00まで)
※入館は閉館30分前まで
【休館日】
毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
【臨時閉館・開館】
年末年始 2024年12月29日(日)~2025年1月3日(金)
冬季休館 2025年1月15日(水)~24日(金)
※8月は無休
【料金】
一般:2,000円、高大生:1,000円、小中生:500円
※20名以上の団体で来館の場合、上記各観覧料の200円引き
※未就学児無料、障がい者無料(付添いの方1名は半額)
【問い合わせ先】
軽井沢ニューアートミュージアム 学芸課
Tel:0267-46-8691