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二川和之 × 土方明司|虚像と現実で紡ぐ人間と自然の共生

2023.12.14
INTERVIEW

二川和之 × 土方明司

川崎市岡本太郎美術館の土方明司館長がアーティストとの対話を通して作品に迫るシリーズ。第三弾は日本画の世界で長年にわたって絵筆を握ってきた “二川和之” との対談を実施した。

美大時代の芸術的探求心と日本画家としての成長と葛藤が明らかとなった対談前半に引きつづき、後半では作家の制作原点に迫ることに。身近な風景から奥入瀬、そして屋久島と、自然を真正面から捉えてきた二川は、「自然と人間の共生」をテーマに新しい表現を模索し続けている。伝統と遊び心が融合する芸術的な進化を対談を通して紐解いていく。

奥入瀬への挑戦:自然の美と向き合う

二川和之《渓流 8-A》 紙本・岩彩

土方:作家として独立された際に風景画に焦点を絞ったということですが、どういう風景だったのでしょうか?

二川:身近な風景ですね。当時は川越に住んでいたので、川越の風景を描いたりしていましたが、ある時思い立って奥入瀬の風景を描いたんです。まさに奥入瀬の豊かな自然が岩絵の具の魅力を存分に引き出してくれました。そこからですね、奥入瀬をメインに描くようになったのは。

土方:今から何年前のお話ですか?

二川:35歳くらいだったから、30年ぐらい前ですかね。奥入瀬をどう描くかをかなり考えました。例えば、川の流れを描く時に、右から左に流れるところを描くのが、川を最も描きやすい。一方で川が奥から手前に流れてくるのを描くのが一番難しい。だけど、その視点で描くことこそが、奥入瀬の自然を最もよく体現していると思ったので努めて正面から描くようにしました。

二川和之《雲水峡》2020, 80.3x116.7cm, 紙本・岩彩

日本画で挑戦する、リアリズムと抽象の探求

『二川和之:With Nature』Whitestone Gallery Beijing

土方:デッサンはしますか?

二川:します。僕の場合かなり細かいところまで拾わなければいけないので、それを補う意味でカメラを使うこともあります。

土方:では画像がベースになっている?

二川:ディティールをアップで撮って、アトリエで印象をスケッチに描き起こして、構想を練る作業を繰り返します。

土方:画像ベースにすると描きやすいですか?

二川:描きやすいですが、弊害として、写真に捉われ過ぎてしまうところがあります。

土方:写真があると時間を切り取ってしまうからスナップショット的になってしまうことがありますよね。

二川:そうですね。油絵のリアリズムというのは取材した時の、その日の何時何分の風景というふうに個別化できると思うのですが、日本画の場合は永遠を描かなければならない。一瞬を切り取った画像を連続した永遠に押し込めるようなイメージで描いています。だから写真は、あくまで構想の補助線として考えていて、日本画の伝統である絵空事を利用して、どうすればもっともらしく描けるかということを、いつも考えていますね。

作家アトリエにて、作品の構想ノート

土方:日本の伝統絵画は西洋のリアリズムと違いますが、二川さんはそれを絵空事とおっしゃった。この “絵空事” が象徴的な空間に結びつくわけですね。象徴的な空間をスナップショットの画像の中からいかに見出すかはかなり難しいですよね。

二川:象徴的な空間とおっしゃっていたこと、それが日本画の特徴でもあり弱点でもあると、僕は思っています。例えば日本画的にリンゴを描いて、背景を黄土色の無地にしても、空間として感じることはない。僕はこれをできるだけ立体として描きたいんです。スナップショットの画像は二次元ですが、立体として表現すれば対象の周りの空気が吹き込まれる。絵に空間や空気感が生まれる。

昔の日本画は遠近感を上下に描いて観念的に表現していましたが、それでは弱いと僕は思っています。やっぱり西洋画に負けないリアリズムが欲しい。日本画の絵の具では非常に難しいことですが、三次元的な空間をいかに表現するかということに、苦悩しながらも挑みつづけています。

虚像が切り拓く未知なる風景

二川和之《Memory with Nature -石の行方-》2023, 117.0x91.2cm, 紙本・岩彩

土方:最新のシリーズはそれまでの奥入瀬や屋久島の風景画から変わってきていますね。

二川:ずっと僕は現代アートは他人事だと思っていたんです。でも自然との対話に行き詰まりを感じるようになり、「このままではいけない」と考え直して、5年ほど前に一時筆を置いて、現代アートを勉強しました。

その中で、岩絵の具を活かしつつ、なおかつ自分の今までの仕事も活かすにはどうすればよいかと苦悩している時に、もう一度原点に返ろうと川合玉堂の画集を開きました。僕は川合玉堂が学生時代から好きなんですが、風景の中に描かれている農夫たちは、自然の恵みをいただいて生きているという姿に僕にはみえるんです。

僕自身、作品の中に人を入れられないかという思いはずっとあったんです。でも現代人を屋久島や奥入瀬の中にポンと入れても、唐突すぎる。そんな折に現代アートを勉強して、「風景の中の人物を実像ではなく、虚像として入れたらどうなるんだろう?」という発想が頭に浮かびました。その考えを実践して、色々バリエーションを変えながら今も試みている真っ最中です。

作家アトリエにて、作品の構想ノート

土方:例えば、ルネ・マグリット(1898 - 1967)なんかは?

二川:面白いですよね。でも僕は、シュール・レアリズムにいきすぎてはいけないと思っています。僕の創作の原点は「人間と自然との共生」なので、2歩も3歩もシュールの世界に入ってはいけないなと。1歩のところで留めて、原点を大事にしたいと考えています。

土方:原点というのは?

二川:人間と自然と共生してきた、きている、これからもそうであってほしいと。その様を描きたいと思っています。

土方:例えば最新シリーズの作品にも「自然と人間と共生」というテーマを?

二川:それが原点になっています。ただ、そればかりに囚われると重くなりがちなので、原点は持ちつつも、そこから解放されて、もっと自由に発想できないかなという、遊び心は持っています。だから、この作品を見て共生という言葉はなかなか浮かばないとは思うんですけど、気持ちの原点はそこにあるんですよね。

縄文時代の人々の思想に着想を得たテーマ

二川和之 × 土方明司

土方:今後はどのような試みをしたいですか?

二川:自己保身をしない新しい表現をもっと練っていきたいですね。人間と自然との共生を制作のテーマにしていますが、船や自動車のシルエットを入れてもいいのではないかと思っています。違うものと違うものをぶつけ合わせるのが今面白くなってきているので、色々と試したいですね。

土方:それですと、デペイズマンみたいになって、共生というテーマから離れてしまうということはないですか?

二川:人を描かなくても人間の作ったものを描けば自然との共生が語れるという点で、矛盾はしないと僕は考えています。都会にいても日常的に食物などを通して自然とつながってますからね。

土方:では最終的には、人間と自然との共生を絵に落とし込んでいきたいということでしょうか?

二川:そうですね。人間はずっと自然と折り合いをつけながら生活をしてきた。そう思うきっかけになったのが、室蘭の近くにある北黄金貝塚です。そこは縄文時代の遺跡で丘の上に登ると貝塚があるんですが、その貝塚は単なるゴミ捨て場じゃなくて、自分の食べたものを供養する場でもあったと知ったんです。自然に対する感謝の念や畏敬の念などさまざまな感情を持っていて、それが今日まで続いて我々と繋がっている。必要以上に取らない、壊さない。そういう精神がこれからの世界に求められていると思うので、理想として「共生」をテーマにしました。

未来への新たな一歩:人間と自然の共生の日本画表現

『二川和之:With Nature』Whitestone Gallery Beijing

土方:最後に、12月に北京で開催される個展のテーマを教えてください。

二川:制作の原点にも繋がりますが、日本人というのは縄文時代から、自然の中でその恩恵を受けながら生かされてきた。人間と自然は同じ立場であり、共存共栄して行くことに未来がある。必要以上に獲らず、恵みを分けていただくという自然観があったはずです。この必要十分の精神を世界の理想にしたいという思いが、僕の制作の源になっているということを伝えたいです。

土方:縄文の文化というのは基本的にアニミズムでありシャーマ二ズムだと思いますが、こういった要素をテーマにしながら、しかもデペイズマン風に違う要素を絵の中に取り込むというのは、なかなか難しい表現だと思います。これをテーマになさるということで、私も楽しみにしております。

『二川和之:With Nature』Whitestone Gallery Beijing

オンラインストアでは北京での二川和之個展『With Nature』をオンラインでご鑑賞いただけるとともに、各シリーズの作品の詳細をご覧いただけます。岩絵の具で彩られた人間と自然の共生をぜひご高覧ください。

展覧会詳細はこちら »

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