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二川和之 × 土方明司|静寂の風景に響く岩絵の具の美

2023.12.08
INTERVIEW

二川和之 × 土方明司

川崎市岡本太郎美術館の土方明司館長がアーティストとの対話を通して作品に迫るシリーズ。第三弾は日本画の世界で長年にわたって絵筆を握ってきた “二川和之” との対談を実施した。

自然あふれる静謐な空間の中で、風景と溶け合うようにゆるりと自然を満喫する顔なき人間たちー。これまで風景画を描いてきた二川だが、近年は新たな画風を確立しつつある。前半となる本記事では、美大時代の芸術的探求心と日本画家としての成長と葛藤が明らかとなる。風景画に焦点を当て、岩絵の具への深い愛情を育んだ二川の芸術の軌跡を芸術の潮流とともに辿る。

金沢美大で日本の自然と四季を写生する

作家アトリエにて、《Memory -湖畔-》制作風景

土方:先生は香川のご出身ということで、香川から金沢美大に行かれていますね。金沢美大ではどのような指導を受けたのですか?

二川:金沢美大はその他の大学に比べると、とりわけ写生を重んじる大学でしたね。京都の四条丸山派の流れを汲む校風が僕にすこぶる合っていたので、何の迷いもなく写実を頑張っていました。

土方:当時の美術界というのは、洋画はもちろん日本画も現代美術の影響を大かれ少なかれ受けていたと思います。実際はいかがでしたか?

二川:画風から言うと、伝統的な写生を重んじて、身近な空間にあるものや草原、風景を描くといった割合ノーマルな制作が多く、現代アートとは離れたところでみんな制作をしていましたね。現代アートというのは対岸の出来事で、私たちは岩絵の具で写生をしっかり行って土台を作っていきましょう、という教育方針の先生でした。

二川和之《Memory -錦秋-》2023, 116.7×90.9 cm, 紙本・岩彩

土方:二川さんは基本的に風景をお描きになっていますよね。自然に対する思い入れがあると思うのですが、四国や金沢で見た風景が影響しているのでしょうか?

二川:特別意識したことはないけれど、他国に比べると、日本は南北に長く土地の高低差や、山、渓流、田園、海岸線があるので四季がはっきりしていて、ひと際豊かな気候風土ですので、モチーフとして最も豊かな国という思いはあります。外国の風景を描くこともありますが、日本の風景が一番難しいという思いはずっと持っていますね。

芸術とは何か|時代という激流を生きる芸術家たち

二川和之 × 土方明司

土方:金沢美大を卒業なさったあとは東京芸大に進学なさっています。これにはどのようないきさつが?

二川:金沢美大にはいったときから大学院進学を考えていました。金沢美大での4年間は進学を目指して制作を行い、東京芸大合格後は平山郁夫先生の研究室に入りました。

土方:念願の東京芸大はいかがでしたか?

二川:それが大学院に入る春休みに、岡本太郎さんの『今日の芸術』を読んで、非常に頭が混乱してしまったんです。本の中で岡本さんは、芸術はきれいであってはならないと語っていました1。それまでの自分の価値観がことごとく否定されるような内容だったのですが、それがまた説得力があったので、僕は大学院でまったく絵を描けなくなってしまったんですよ。

金沢美大の時は何の迷いもなく制作していたけれど、全く違う価値観に触れたことで、「自然を映すことは意味がないのではないか」と、写実することの意義を考えるほどに迷いました。岡本さんから脱却するのにかなりの時間を要しました(笑)

土方:その本は当時の大ベストセラーです。岡本太郎をはじめとして、1960年代当時は反芸術など、既成の美術観を否定する思想や風潮が強かったですよね。具象絵画が強く否定された時代でもあるので、日本画・洋画を問わず、当時は絵が描けなかったと、多くの先生方がおっしゃっています。

二川:日本画の巨匠である東山魁夷氏ですら、あの時代には抽象的な仕事をしてますし、写実の名手である小磯良平氏も当時の展覧会の際に半抽象をやっていました。やっぱり時代の流れの中で迷いながら、苦労していたのだと思います。

二川和之個展 2023 Whitestone Gallery HK H Queen’s 7-8/Fにて

平山郁夫に師事し、大学院を修了した二川だが、卒業後数か所で絵を教えるなどしながら生計を立て制作を続けていた。アクリル絵の具やテンペラなど、日本画から離れた表現も試みていたものの、数年後には公立の美術学校で教員としての道を歩み始める。

教員として最初の数年は絵を描く余裕がなかったと語っているが、自分の成長を実感するために年に1回のペースで個展を開催。友人たちからもプロとして独立することを勧められ、数年後職を辞し再び日本画に挑戦することに。風景画に焦点を絞り、岩絵の具で風景を描くことに集中していく。

日本画と岩絵の具の関係

作品クローズアップ

土方:日本画といえば、院展や日展が大きな団体としてありますが、発表される作品はご覧になりますか?

二川:もう何十年も見ていなかったんですが、ここ5年ほど見に行くようになりました。モチーフはすごくいいと思うんですよね。だけど岩絵の具を使いこなせていないと個人的に感じます。岩絵の具は使いこなすまでに20〜30年くらいかかりますから。

作家アトリエにて

土方:日本画を描いている方は、やっぱり岩絵具への愛着・愛情・こだわりを皆さんお持ちですよね。

二川:持ってますね。だけど展覧会などを見ていると、「岩絵の具を使ってみたい」と思わせるような作品はないなと思ってしまう。例えば、葉を描くために緑を使うとする。この緑が葉っぱの色になっていなければいけないのと同時に、緑という色それ自体が綺麗であること。この両方を兼ね備えていなければいけない。

使用する前の岩絵の具、作家アトリエにて

土方:お話を聞いていると岩絵の具への並々ならぬ想いを感じられます。二川さんにとって「岩絵の具」はどんな存在ですか?

二川:岩絵の具というのは、非常にザラザラした、きめの粗い物でして、細密な描写には全く向かないし、写実描写をする上では油絵の具に敵いません。

だけど日本画の岩絵の具は、絵の具そのものが魅力的なんですよ。だから僕は常に、岩絵の具を引き立たせることを一番に考えている。例えば、岩絵の具の緑青(ろくしょう)という色を魅せるために、屋久島の原生林の苔を利用するという風に。

粗い岩絵の具というのは、東山魁夷氏や杉山寧氏、高山辰雄氏らの世代が最初に使いはじめたのではないかと、僕は考えている。彼らは見事にそれぞれのタッチで岩絵の具を生かす仕事をされたと思うんですよね。次に平山先生がいて、岩絵の具のよさを引き出しているという点で最高の画家だと思っています。ところがこの ‘’岩絵の具の綺麗さを見せる”という伝統が、現代の日本画では見失われているように感じる。だからこそ自分の作品を通して、岩絵の具の綺麗さを最大限表現しているつもりです。

二川和之《Memory -渓流-》2023, 90.9 × 116.7 cm, 紙本・岩彩

岩絵の具を単なるメディウムとして使うのではなく、美の発光体として「岩絵の具」それ自体を表現の目的とする二川和之。多様な顔をみせる日本風景への想いと、岩絵の具への情熱が見事に交錯した独自の美が鑑賞者を魅了する。後半では作品のモチーフや最新シリーズについて語られる。


1岡本太郎『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』(光文社 1954)に、「今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」という記述がある。

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