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第四回 漫画という「手法」の先に見える景色

2026.04.06
FEATURE

現代アートのコンパス:『つながる・ひろがる(越境・拡張する表現領域)』展を手がかりに

漫画は現代日本において代表的な表現形式の一つである。世界的にも認知度は高く、その表現は縦横無尽に広がっていき、現在も進化を続けている。

軽井沢ニューアート・ミュージアムで開催中の企画展「つながる・ひろがる」でも、漫画作品や、漫画から影響を受けた作品が展示されている。しかし、一口に「漫画」とくくっても、そこから生まれる表現は様々である。 第四回では展示作家である小林エリカ、橋爪悠也、横山裕一という三者を例に挙げながら、漫画という表現から発生したアートの変容を探求する。

見えないものを描く:小林エリカと《光の子ども》

小林エリカ《光の子ども イレーヌ・キュリー》2022年、59.4 × 42.0 cm、紙にシルクスクリーン

小林エリカ《光の子ども イレーヌ・キュリー》2022年、59.4 × 42.0 cm、紙にシルクスクリーン

小林エリカは漫画のみならず、小説、エッセイ、インスタレーションと、複数の形式を横断しながら活動する作家・アーティストである。その代表作が、放射能の歴史と科学的背景を描いた全3巻のコミック作品《光の子ども》だ。第1巻が2013年にリトルモアより刊行され、マリー・キュリーをはじめとする科学者たちの業績を追いながら、やがて福島第一原発事故後の社会的関心とも交錯していく内容だ。複雑な科学的テーマをキャラクターの描写と図解によって丁寧に提示したことで、国内では教育的・文化的な価値を広く認められた。

今回の展示では、この《光の子ども》を中心に、書籍の原画である絵画作品と関連映像が組み合わされ、複数の媒体を通じてその世界観を体験できる構成となっている。紙にシルクスクリーンで刷られた《光の子ども リーゼ・マイトナー》《光の子ども イレーヌ・キュリー》(いずれも2022年、各59.4×42.0cm)は、コミックの登場人物でもある実在の科学者たちの姿を独立した美術作品として再提示する。また、2011年制作の《マリ・キュリーのノートブック 2.0µSv/h》や《アンリ・ベクレルのノートブック 2.8µSv/h》は、線量計、インク、紙、銀箔を組み合わせた立体作品であり、放射線という「見えない力」をそのまま作品の素材として引き込んでいる。

さらに2025年8月には英語版の電子書籍『Seeing the Light: A Graphic Odyssey - with Cat - Through the History of Radiation』が発表され、国際的な読者へもその問いが届くこととなった。

小林エリカ『Seeing the Light: A Graphic Odyssey - with Cat - Through the History of Radiation』 ©Karuizawa New Art Museum

小林エリカ『Seeing the Light: A Graphic Odyssey - with Cat - Through the History of Radiation』 ©Karuizawa New Art Museum

小林の作品が一貫して向き合うのは、「見えないもの」と「歴史の中に埋もれた人々の声」である。放射能そのものが不可視であるように、科学の進歩の陰で忘れられた人間の物語もまた、目には見えにくい。漫画という形式は、その見えないものに輪郭を与える道具として選ばれている。だからこそ、彼女の作品は漫画でありながら、記録であり証言であり、美術であるという複数の顔を持つことができる。

そして、当然だが、漫画という媒体は、人々が気軽に所有できるものでもある。この展覧会のために展示されている作品も存在するが、本来漫画は伝えたいメッセージや物語を、人々が受け取り、手元に置いて所有することが出来る。

時間を「描く」という実験:横山裕一とネオ漫画

横山裕一はもともと油絵を制作していたが、時間を表現できる形式として漫画を選んだ。しかしその漫画は、一般的な意味でのそれとは大きく異なる。明確なストーリーは存在せず、様々な人物、物体、風景が「ドドドド」「ゴロゴロ」といった迫力ある擬音とともに、独自のコマ割りと構図の中を流れていく。この既存のスタイルとは異なる表現手法は「ネオ漫画」と呼ばれている。

今回展示されている《ネオ万葉》(2023年、パイインターナショナル、264ページ)は、万葉集や古今和歌集から横山本人が選んだ173種の和歌を素材に、22の物語を編んだ作品だ。古典的な日本語の詩歌という出発点から、無国籍的で未来的なエピソードの集積が生まれるという過程は、連続しながらも断絶した時間の層を読者に体感させる。

横山裕一作品展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

横山裕一作品展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

展示ではさらに、横山が制作過程で使用した下書き原画も公開されている。紙に鉛筆とペンで描かれたこれらのスケッチ(各25.7×36.4cm、制作年不詳)と完成した印刷ページを比較することで、何が残され、何が捨てられたのかという「選択」の痕跡を辿ることができる。作品自体が時間の推移を主題としているだけに、制作過程の時間的な変化もまた、鑑賞の一部となっている。

横山の作品において、読者はストーリーを「読む」のではなく、時間の流れを「感じる」ことを求められる。それは従来の漫画体験とも、絵画鑑賞とも異なる、中間的な感覚体験だ。コマという形式は使いながらも、コマが本来担うはずの「物語の進行」という機能を意図的に解除することで、別の何かを画面に呼び込んでいる。

「模倣」の果てにあるもの――橋爪悠也とキャラクターの継承

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

橋爪悠也は1983年岡山県生まれの現代アーティストだ。その作品世界の入口となるのは、漫画家・藤子・F・不二雄のキャラクターを想起させる人物像である。一粒の涙を流す少女像を中心とした「eyewater」シリーズで知られる橋爪は、「あらゆる表現は模倣や踏襲の上に成り立つのではないか」という問いを出発点に、既存のデザインやキャラクター文化を参照しながら独自の作品世界を築いている。

今回の展示では、月2回刊行の雑誌「モノマガジン」(ワールドフォトプレス)とのコラボレーション連載として制作された22枚のシリーズ作品《MONOマガジンコラボ連載 22枚》(2025年、紙・印刷物、各54.0×42.6cm)が壁面に並ぶ。各号のテーマに合わせて少女像が描き下ろされており、大量印刷された雑誌の誌面という「消費」の文脈の中に、あえてアート作品を置くという逆説的な構造を持つ。

美術館やギャラリーという限られた空間を離れ、雑誌という大衆媒体に乗ることで、橋爪の作品は読者の手元に届く。それは「アートとデザイン」「美術と消費文化」という境界線を揺るがす試みでもある。ひとつのキャラクターは時代を超えて模倣され、引用され、別の文脈へと移植される。

少女像は特定の名前も背景も持たない。漫画の一コマを切り取ったような形式だからこそ、見る者はその一粒の涙の意味を自分自身の記憶の中から探し始める。それは観る者の想像力を呼び起こす装置として機能した。

橋爪悠也《eyewater》

橋爪悠也《eyewater》

なお、橋爪悠也は4月25日より、軽井沢ニューアート・ミュージアムに併設するホワイトストーンギャラリー軽井沢にて個展を開催する。新たな試みも含む展示となっており、本企画展と合わせて、その更新された表現世界に触れる機会となるだろう。

「ジャンル」という枠の外へ

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

小林は見えない歴史的事実を可視化する漫画を描き、横山は時間感覚そのものを表現するために漫画のコマという形式を借用し、橋爪は漫画とキャラクター文化を再構成したモチーフから、想像力を掻き立てる。漫画という手法を用いながら、それぞれがまったく異なる方向へと進んでいる。

アートという広大な土壌の中で漫画という方法論がどのように変容しうるかを、この三者の作品は同時に、かつ独立して示している。ジャンルの境界を問うことは、表現そのものの可能性を問うことでもある。

また、これらの作品は2階の美術館内で展示され、鑑賞の対象となっているが、同時に商業出版物として、館内にある1階の書店で販売されている。

展覧会では、芸術作品として展示されている作品であるが、ショップでは同じものが大量に安価で販売されている。美術館ではこの状態をあえて作り出すことで、芸術は高額なもので唯一性のあるものという常識的なイメージに疑問符をつける。制作された作品の見かけのやさしさやかわいらしさに反して、極めてラジカルな展示姿勢がここでは実践されている。

企画展「つながる・ひろがる」というタイトルが示すように、個々の作品はそれだけで完結せず、鑑賞者の記憶や身体感覚と結びつくことで、展示空間の外へとにじみ出していくのだ。

つながる、ひろがる(越境・拡張する表現領域)

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