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第二回 いくつもの視点から、アートを楽しんでみる

2025.12.30
FEATURE

©Karuizawa New Art Museum

現代アートのコンパス:『つながる・ひろがる(越境・拡張する表現領域)』展を手がかりに Chapter 2

第二回では、展覧会に展示されている具体的な作品を手がかりに、「現代アートをどう見たらいいのか?」という問いを、いくつかの視点から掘り下げていく。『つながる・ひろがる(越境・拡張する表現領域)』展に展示されている作品を元に、絵画、映像、特殊な加工素材による作品、そしてTシャツなど、表現の異なる例をあげながら、視点を変えることで何が立ち上がるのかを探っていく。

角度を変えて見る

永島京子作品の展示風景。この位置で見ると左、真ん中の作品は、うっすらと花瓶が浮かんでいる部分と、はっきり花瓶が浮かんでいる部分があるが、別の位置では異なる画像になる。©Karuizawa New Art Museum

永島京子作品の展示風景。この位置で見ると左、真ん中の作品は、うっすらと花瓶が浮かんでいる部分と、はっきり花瓶が浮かんでいる部分があるが、別の位置では異なる画像になる。©Karuizawa New Art Museum

作品を見るとき、立ち位置を変えるだけで印象が大きく変わることがある。右側から見るのと左側から見るのでは雰囲気が異なり、人物画であれば表情の見え方が変わるかもしれない。上から覗き込むように見るか、しゃがんで下から見るか、あるいは遠くから全体を捉えるか、近くで細部を見るか。こうした行為は、特別な知識がなくても、どの展示でも試すことができる鑑賞方法だ。些細な変化が大きな発見につながるかもしれない。

角度を変えて見ることで変化が生まれる作品は多いが、この展覧会では角度によって全く異なる作品が存在する。そのうちの一つが、永島京子のレンチキュラ技法を用いた作品「蛇の家 吊りカゴ」「床の間に重なる七色の花」「床の間に並ぶ七色の花」だ。レンチキュラとは、特殊なレンズシートを用いることで、角度によって異なるものが見えたり、立体的に見える印刷の総称である。「蛇の家 吊りカゴ」では、左から見ると吊りカゴのある庭が、右から見ると大きな窓のある室内が見えてくる。

永島京子《蛇の家 吊りカゴ》2015、82.0 × 82.0 × 3.0cm、レンチキュラ(プラスチック)

永島京子《蛇の家 吊りカゴ》2015、82.0 × 82.0 × 3.0cm、レンチキュラ(プラスチック)

「床の間に重なる七色の花」「床の間に並ぶ七色の花」では、左右で異なる花瓶が浮かび上がってくる。こうした視点の移動により生まれる変化は、作家が子供の頃に見た蛇にまつわる体験から生まれた。永島の作品は、レンチキュラーレンズを用いることで、時間の推移を一枚の画面で表している。

永島京子《床の間に重なる七色の花》2025、47.0 × 70.0cm、レンチキュラ(プラスチック)

永島京子《床の間に重なる七色の花》2025、47.0 × 70.0cm、レンチキュラ(プラスチック)

永島京子《床の間に並ぶ七色の花》2025、57.0 × 100.0cm、レンチキュラ(プラスチック)

永島京子《床の間に並ぶ七色の花》2025、57.0 × 100.0cm、レンチキュラ(プラスチック)

技法から見る

何を用いて作品を作るか?というのも重要な問題だ。Katsukokoiso.aiによる映像作品《a tribute of David Lynch》は、AIを用いて制作された作品である。画面に現れる存在は人間のようにも見えるが、作られたイメージである。本作は作家が好きだった映画監督デイヴィッド・リンチが亡くなった年に、追悼として作られた作品である。シュルレアリスムから強く影響を受けたリンチの世界観と共通するものが垣間見られるが、それがAIによるオートマチックなイメージなのか、作家が構築したのか判らない現実と非現実の境界が曖昧な像が立ち上がって不思議な物語が進行している。

本作は、映画をオマージュした作品だが、Katsukokoiso.aiの主な作品発表媒体はInstagramであり、スマートフォンから見ることが想定されている。展示では、多くの人に見せるため大型のテレビを使っているが、画像はスマートフォンと同じ縦長の画面で表示し、作家の意図や作品の持つテイストを尊重している。

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

映像表現は、カメラによる撮影をはじめ、アニメーションやストップモーション、近年ではVFXなど、さまざまな技法によって発展してきた。しかし、この作品はそれらのいずれとも異なるプロセスを通して生み出されている。生成AIという、日々進化を遂げている最新の技術であり、まだ人類がどう扱うべきかを考えあぐねている技術をを介することで、現実に存在しているようで、どこにも存在しないものが具体的な映像として現れている。

技法に目を向けることで、作品は「何を表しているか」だけでなく、「どのようにして成立しているのか」という別の読み取りの入口を与えてくれる。現在、生成AIによる制作は、「これは芸術かどうか?」をはじめ、オリジナリティや権利の問題など様々な議論が活発に行われており、用い方によっては批判も多い。その問い自体が、新たな技術によってこれまでになかった表現が生まれていることを示しているとも言えるだろう。

年代から見る

作品が「いつ作られたのか」という視点は、作品を見る上で有効な手がかりの一つである。現代アートと一口に言っても、その制作年代は幅広く、戦後間もない時期の作品から、今年制作されたばかりのものまで含まれている。

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

本展で紹介されている、壁一面に敷き詰められたTシャツは、全て1980年代に制作されたヴィンテージのもので、シルクスクリーン印刷で制作されている。絵柄部分が盛り上がるため、物質感が強く、この時代特有の空気を色濃く伝えている。1980年代に興隆したストリートカルチャーの影響のもと、当時人気を集めていたスケートボードブランドのシグネチャーモデルが並ぶことで、その時代の感覚や価値観が浮かび上がってくる。描かれているものはサイケデリックなものや骸骨や怪物など、一般的な美観とは異なるアンダーグラウンドでダークなイメージをモチーフとしたものが多く、ストリートと併せて西海岸のサイケデリック(ヒッピーカルチャー)文化の影響を受けていることが分かる。この流れのなかで、スケートカルチャーで活躍したデザイナーやアーティストたちは、ヘビーメタルロックやグラフィティアートのシーンとも接続しながら、新たな表現を生み出していった。

問いから見る

作品を「どのように展示しているのか」に目を向けることも、アートを見る楽しみ方の一つである。展示は偶然に構成されているわけではなく、年代ごと、あるいはテーマごとに配置されている場合が多い。雑然としているように見えても、そこには必ず意図がある。作品同士の関係性を辿りながら見ることで、単体では見えにくかった背景や文脈が立ち上がってくる。

作品画像。作品情報は後述する

作品画像。作品情報は後述する

作品を前にして「なんだこれ?」と感じることは、現代アートを楽しむうえで大切な入口の一つである。この作品を見て、何を思っただろうか。「雪山の風景画に、よく分からないものが描かれている」「画面の下部に穴のようなものが見える」「サインがやけに大きい」「キャラクターが黒く塗りつぶされているようだ」「大人と子供の共作みたい」。そうした、作品を見て最初に浮かんだ感想や捉え方を手がかりに、「なぜ自分はそう感じたのか」「何に引っかかっているのか」と立ち止まって自ら問いを立てて考えてみることも、現代アートの見方の一つである。

この作品は、今井アレクサンドルの《マッターホルンとクマ》(2024年、53.0 × 45.5 × 油彩、アクリル、カンヴァス)だ。タイトルを読むことで、描かれている山がマッターホルンであり、中央の黒いシルエットが「クマ」であることが分かる。今井は、欧米でインテリア製品として流通しているような風景画をもとに、そこにクマの姿を書き加えている。

この作品には、シュルレアリズムにおける「デペイズマン」という表現方法が用いられている。この手法は、あるモチーフを本来あるべき環境や文脈から切り離し、まったく別の場所へと置くことで、画面に違和感を生じさせるものだ。デペイズマンを持ちいた作品で有名なのは、ルネ・マグリットの、りんごが人の顔の前に宙に浮いた状態で描かれた「人の子」、サルバドール・ダリの『記憶の固執』などがある。

今井はそれを現代の表現に翻案し、再提出することでダリやマグリットのような前時代的なものではない現代の日常世界に潜む不気味さを独自のユーモラスな方法で作り出している。

解説を読んで、自分が最初に感じた印象と重なる部分があれば、作家の思考や作品の構造に近づいていたと言えるかもしれない。また、解説で全ての疑問が解決されるとも限らない。解説やタイトルを手がかりにするのは王道であり、理解を深める助けになる一方で、あえて読まずに、まずは作品を見てみるという楽しみ方もある。

だが、感じたことがまったく異なっていたとしても、がっかりする必要はない。そうしたズレや差異そのものを味わうことも、問いから作品を見る一つの楽しみ方である。

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum

今回紹介したのは、現代アートを見るためのいくつかの視点である。角度を変えること、技法に目を向けること、年代を辿ること、問いを立てること。他にも場所による意味や、解説を読むなど、こうした様々な見方を行き来することで、鑑賞はより豊かなものになっていく。

次回は、展示の中で大きく取り上げられている靉嘔の作品を手がかりに、現代美術を考えるための別の入口を探っていきたい。

つながる、ひろがる(越境・拡張する表現領域)

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