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暗闇の中で浮かび上がる、現代の女性像 | itabamoe × 軍地彩弓トークイベントレポート part1
2026.10.23
REPORT
9月の軽井沢は、普段とはまったく異なる雰囲気だった。その日襲来していた台風の影響で、ホワイトストーンギャラリー軽井沢は併設の軽井沢ニューアートミュージアム含めて停電していた。現在個展を開催中のitabamoeと、ファッション雑誌の編集者として第一線で活躍している軍地彩弓氏のトークイベントが企画されていた。しかし、イベント開始の時間になっても停電は回復しない。そこで急遽、暗闇の中で参加者自身のスマートフォンの灯りや懐中電灯を頼りに行う、暗闇ガイドツアーが開催されることに。通常のトークイベントはその後に改めて行う運びとなった。
アーティスト・itabamoeは、ファッションデザイナーからイラストレーターへと転身し、10年以上にわたって女性誌で女性像を描き続けてきた。4年ほど前からは広告やクライアントワークが求める女性像ではなく、自らが信じる現代の女性像を描くため、アーティスト活動を本格化させている。
軍地彩弓は80年代からViViに携わり、グラマラス、VOGUE、GQ JAPAN、VOGUE GIRL、Numero TOKYOと、ターゲットを変えながら女性誌を編成してきたベテラン編集者。itabamoeのイラストレーターデビューもまた、ViViへの参加がきっかけだった。
今回はこの2人によって行われた、暗闇ガイドツアーの様子をお届けする。世代もキャリアも異なるふたりが、暗がりのなかで作品と向き合い、やがて言葉を重ねてゆく。そこで浮かび上がったのは、現代の女性像から、広告が求める女性像への違和感、ギャルカルチャーの系譜、日本の伝統モチーフの再解釈、そして経年変化までも含めて作品が生きていくという考え方だった。
「ドローイングには、絵を描き始めたきっかけの憧れが詰まっている」
今回の個展で最も注目を集めた作品のひとつが、ドローイング作品だ。ファッションデザイナーを経てイラストレーターとなったitabamoeにとって、ドローイングはある種の原点回帰でもある。

展示風景
itabamoe:元々キャンバスで作品を作り始めた時に考えていた「今の女性像」を描いていきたいという原点に戻って、初心に帰って自由な線で女性を描いていた頃の感覚を思い出したい気持ちがありました。キャンバスだとトリミングして一部を切り取って完成させる工程になるので、トリミングする前の全身の女性の体の美しさというのはやっぱりドローイングに一番現れるかなと思ったので、今回5点ほど制作しました。
軍地彩弓:私はファッションの人間なので、お洋服や何を着てらっしゃるかが気になるんですけど、どういう女の子のどういうシーンといったテーマはあるんですか。
itabamoe:キャンバスの作品では、あんまりファッションの情報を入れるのが好きではなくて。直接的すぎるファッションを描くと、女性像がカテゴライズされすぎてしまうところがあると思っています。いろんなファッションを描いても情報が重くならずに、ライトに伝わるのがドローイングのいいところですね。元々デザイン画から入ってるので、女性の生の体の線を描くのが得意だし、エッジの効いたシルエットの作品をやっても、やりすぎぐらいが心地いいのが良さだと思うので、久々に描いてて楽しかったですね。

展示風景
軍地:私、元々やっぱり意思の強い女性がすごく好きなんですが、moeさんの作品は、媚び媚びではない女の子の力強さがありますよね。ViViのファッションってどちらかというとセクシー系だねとか、結構肌見せが多いね、と当時言われていたのですけど、エロで着てるんじゃなくて、自分の意思として見せたい部分を見せたり、好きな服を着るっていう、すごいポジティブな女の子たちがターゲットなんです。ランジェリーや、体にぴったりしたものだったり、タンクにデニムみたいなスタイルの女の子は、ViViの中でもよく取り上げていたファッションなので、そこがすごくリンクしてるだなと思いました。
itabamoe:ボディコンの格好なんかだと、部屋の中や、雑誌ではファッションページとか広告ページでは成立するんです。そういうページってワクワクしますね。男性に向けたグラビアというわけでもなく、ただ自分の美しさとか強さを表現できるページが私は元々すごい好きだったので、ドローイング作品たちには、私が絵を描き始めたきっかけのような憧れが一番詰まってるのかな。
軍地:itabaさんの作品には、ファッションもそうだし、ヘアやメイクにもひっくるめた時代性があるなと思ってみています。
伝統と現代のミックスが生み出す新境地

《NEO MOOD #029》と解説するitabamoeとライトで照らす軍地彩弓
続いて向かったのは、キャンバス作品が並ぶ空間だ。今回の新作のシリーズ名は「NEO MOOD」。和のモチーフと現代の女性像を重ね合わせた作品群となる。以前のインタビューでもitabamoeは広告で作られてきた女性像ではない、自由な女性像を描きたいというところからスタートしたと語っている。そこから更に和の要素を取り入れた背景が語られた。
軍地:この和というテーマはいつから入ってきたんですか。
itabamoe: ちょうど去年末ぐらいですかね。日本のインテリアでもジャパンディブームとか、着物ブームや盆栽ブームはじわじわずっとありますけど。私がちょうど築50年の古民家に引っ越して、そこをアトリエに改装して作業しているのと、日本の文化に触れる機会も増えたので、改めて取り入れてみたかったんです。琳派とかを見て、こういう今っぽい女性像を描いていて、日本っぽい要素を取り入れてる人はあんまりいなそうだし、ちょっと描いてみたら面白いかも?と。私が2000年代に育ってきて、何系とかでカテゴライズされるのが作品を作ってく上で好きじゃなくって、ミックスカルチャーが馴染む部分があるので、最近研究中です。それで、年末から取りかかって1つの集大成として、ここのギャラリーで気合入れて制作したって感じです。
軍地:今まで、例えばスーパーフラットの文脈で、アニメ的に女性が描かれる時、男性作家の場合が多かったんです。そうすると、記号化された女性像というのが、すごく露骨に出てくることがあります。もちろん良し悪しですが。例えば村上隆さんとかが性的なもの強く出すとか、男性から見る女性像と女性が憧れる女性像ってやっぱり少しギャップがあるのは感じていました。自分がViViをやっていたときも、男子には「なんでヘソだししているの?」みたいなことを言われたんですよ。最近もY2Kブームでまたお腹みせが流行っていますけども。
女の子を描く女の子というのは、90年代以降岡崎京子などが登場して、カルチャーとして盛り上がったのですが、最近すごく目立っている女性作家さんがなかなか出ていない。その中で、moeさんの作品に出会ったんですけど、こういう女性像と逆に和と繋げてきた人って初めてかもって思って。女性のアイデンティティや強い女性像と和というのが意外と接続できるんだなって。
“ジャポニズム”が今もう1回見直されていて、ちょっとそれがムーブになってるなと思ってます。それが日本人からだけじゃなくて海外から見ても、今で言うネオジャポニズムっていう形で、日本的な要素が世界中で認められている。グローバルにアート市場を見ると、やはり女性を描く日本の女性画家という文脈だけでなく、現代を生きる女性像性と、江戸時代からの琳派的な要素を掛け合わせるっていうのはすごく面白いアイデアだなと今日、生で初めて見て思いました。
銅箔が刻む時間
キャンバス作品の中で最初に紹介されたのは、銅箔を背景に使用した、女性と藤の花を描いた《NEO MOOD #029》だ。

《NEO MOOD #029》クローズアップ
itabamoe:ちょっとアジアっぽいような湿気のある空気感をイメージした作品なんですけれども。背景に使ってるのが銅箔です。ちょっと酸化しやすい素材なので、今は全体的にピンクで、ちょっと甘いようなフレッシュな感じの色味なんですけれども、経年とともに黒くどんどん渋くなっていって、作品もその年を重ねて味が出て渋くなっていって、その人間にも重ねられるようなイメージで素材をセレクトしてまとめました。
軍地:岡山で作ってるデニムに箔をつけたりとか、丹後ちりめんに箔を織り入れてきたりとか、ある種、日本的な派手さの演出は昔から使われている要素です。琳派でよく用いられた要素に、箔押しの技術があります。これは、本物の銅箔ですか? 当時は銀とか金が多かった中、銅を選んだのはどうしてですか。
itabamoe:リアルな銅になります。銅は純粋に馴染みが良くて、新しい。長い年月で見たら必ず変化はしやすい素材だからなのもあります。ニスをかけているので普通よりは変化は遅いと思いますが。金とかだと全然変わらない素材なので。シルバーだとちょっとこの作品だと強すぎるかなと思ったので、コーディネート感覚で選びました。
壊れても修復していく日本の精神
隣に展示された《NEO MOOD #034》には、金継ぎとカキツバタのモチーフが組み合わされている。浮世絵や美人画に通じるような独特なしっとり感や、日本らしい独特な暗さの中に灯る美しさを描いた作品だ。

展示風景
軍地:カキツバタがすごい好きなテーマで。玄関に浮世絵のカキツバタのリプリントを飾っているんです。このぼかしと、この金継ぎを合わせたっていうのはどういう意図でしょうか。
itabamoe:私、ものすごい器クラッシャーで、しょっちゅう壊しちゃうんです。都度都度金継ぎして、また壊して、2回目の金継ぎに出すことがあるんです。元々好きで買った器が金継ぎから戻ってくると、さらに唯一無二の大切なものになるのがすごい好き。この絵は実際はキャンバスなので壊れてはいないんですけれども、シンプルな強い画面だからこそ、ちょっと壊れたような形跡にして、特別なエッセンスを入れたいなというのと、壊れても修復していくという、美の意識や、ものを大切にして、命を宿してくといった、日本の精神みたいなものがとても素敵だなと思ったので、今回初めて取り入れました。
軍地:金継ぎは今もう海外でも通じる言葉になっていますよね。割れたもの、壊れたものもちゃんと愛でて長く愛すし、それすらも”景色”にしてしまうのが海外の人から見ても日本のカルチャーの結構象徴的なものになっていますよね。ぼかしも浮世絵の手法ですが、北斎や広重なども使っています。

暗闇ガイドツアーの様子
itabamoe: 今回のメインビジュアルは金箔を使用しています。今回の展示では、松を象徴的に描きたいなと思ったので、そこに女性像とバランスを考えました。古くなりすぎず、かといってよくある感じの、サンプリングみたいな感じにもならないように描きました。
軍地:長谷川等伯の松林図という作品などもありますが、松って縁起がいいモチーフです。金箔と松というとても縁起がよいイメージですが、あえてそれをヴィンテージ加工風に削りを加えていることで、あえて、華やかさだけではに表現をしているのでしょうか?
itabamoe: ちょっと戦いな感じですね。ジャパニーズカルチャーを前面に出した作品ですけど、韓国の方がお迎えしてくださったので、海外の方にも注目していただけたのが今回すごい嬉しかった出来事になってます。
軍地:能舞台で使われている背景、鏡板にも松が描かれています。常緑の松には繁栄への祈りがあると言われていますが、能で描かれているのは”幽玄”の世界。あの世とこの世の狭間のような場所です。
itabamoe: そうですね、松って品種によって生え方が本当にいろいろあるんで、奥深い。 今、静岡のちょっと田舎みたいなところに住んでるんで、松とか立派な木を見かける機会が多いです。見るたびにいろんな形があるんで、これからも彫っていきたいモチーフだなとは思ってます。
不完全であるからこそ、かっこいい
「NEO MOOD」シリーズには、モノトーンの作品も存在する。展示する部屋全体を、色の情報を最低限にし、線で見せるこにこだわった。中でも今回初めて挑戦したという円相を用いた作品があった。

《NEO MOOD #038》展示風景
itabamoe:禅を、ちょっと取り入れてみようかなと思って、今回挑戦してみました。完全を描こうとするものではないっていうのがすごい面白いなと思っていて。人の描いた円ってきれいじゃないからこそかっこいい、人の描いたブレがあるからこそかっこいいっていうのが、自分の描くその強い女性像、現代を生きてる、完全とか不完全とかじゃなくて、ただ現代を強く生きてるみたいなところに重なるかなと思って、大胆に取り入れてみました。
軍地:禅宗の書画の表現のひとつに円相というのがあって、悟りや真理、宇宙などを表していると言いますが、その解釈は色々です。多くの作家によって描かれていますが、とても哲学的です。
itabamoe:さっきファッションをあんまり作品にディティールとして入れたくないって言ってたんですけど、背景とか全体の中にファッションの要素を入れて、そこの中に女性を全体として溶け込ませたいっていう、私の中のこだわりがあって。なので背景の延長線上で服にも要素が入ってるようにしました。
停電が再現した若冲の時代

解説をするitabamoe。ライトに照らされた金箔や銀箔が光る
暗闇ガイドツアーを終えた軍地は、この日の体験から、ひとつの確信を得たと語る。それは江戸時代の絵画と光の関係についてだ。
軍地:停電でみなさんとスマホの光で照らしながら鑑賞するという体験で、私は若冲コレクターのプライス氏の「心遠館」のことを思い出しました。若冲を収集していたプライス氏がオクラホマの自宅に、日本画の鑑賞用のために純日本家屋を作ったことで有名です。そこは昼は自然光、夜は和蝋燭の光で見る、という特別な部屋です。江戸時代には当然人口的な光がなく、当時そのままの見え方にこだわった、という話です。
昔の浮世絵も、当時の若冲だったり琳派の絵も、なぜ金箔だったのかというのがわかります。二条城など、当時の書院造りの部屋は暗かった。だからこそ、金箔などで蝋燭の光でも輝きを放つために、金箔が使われたのではないかと思います。
今日、偶然にも停電になり、スマホの光が当時の蝋燭のように、作品を照らしながら鑑賞することになったのは、貴重な経験だったと思います。
itabamoe:昔は一番権威のある部屋に金箔が多く使われていたんですが、一番奥の部屋は光が入りにくい。そこにろうそくとかを持っていくと、光を跳ね返してぼやんと明るくなる。今回の展示でも一番奥の部屋で金箔の作品があったので、まさにその見え方になる、疑似体験をできましたね。
軍地:itabaさんの作品にとても印象的に箔が使われていて、無意識に日本文化の文脈を辿っていたのだと思いました。表面的ではない、日本カルチャーへの思いが伝わってきて、より作品に深みが増したのだと思いました。
こうして突発的な暗闇ガイドツアーは終了した。停電によって観客の皆様にはご迷惑をおかけしたが、通常では見ることのできなかった、偶発的ながらも歴史を感じる体験へと変化した瞬間を共有する、貴重な機会となった。
次回は、改めて行われたトークイベントの内容をお伝えする。