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喪失と回復のプロセスから生まれる新たな創世記:𣘺本悠インタビュー
2024.12.03
INTERVIEW
ホワイトストーンギャラリー銀座新館では、新進気鋭のアーティストたちによる『Dimensions III-in/sight』を開催する。複数のアーティストたちの新たな才能が交差する空間は、個性や表現がそれぞれの数だけ新たな知見を生み出す。
今回、参加アーティストたち6名の内なる世界に迫るべく、インタビューを実施。同じ質問を投げかけることによって、彼らの作り出す表現の豊かさや、現在へ至るまでの道のり、アートと社会の関係性を解き明かす。
世界の成り立ち、その真理を求めて:生成と解体
𣘺本悠《6》2024, 91.0×72.7cm, カンバス・油彩
1. 今回の展示の制作テーマは?
𣘺本:私にとって絵画は記録のような存在でした。スケッチやドローイングの延長が私の制作の核で、その瞬間や知覚をどのように画面上に記録するかという問題に向き合って、1日1枚を目安に早描きの制作をしてきました。今回の展示では、今までやってこなかった場面や情景といった要素と、その記録という要素を合わせる、自分の中での新しい挑戦をしました。そのため今までの作品と比べると、割と時間をかけて画面をいじり回したものも多いです。
2. メインヴィジュアルとなった作品《6》について教えてください
𣘺本:「6」は、人間の身体が生成、または解体されていくイメージで描きました。タイトルは、聖書の創世記における6日目の出来事、人の創造から取りました。私の制作の契機である失認の経験とそれが回復していく過程(命名していくこと)が、聖書の創世記と偶然重なったことで、テーマの一つとしてよく用いるようになりました。「6」は自分にとって重要なこの問題にダイレクトにアプローチした作品です。
𣘺本悠《Untitled》2024, 41.0×32.0cm, カンバス・油彩
3. 創作における自分の原点、きっかけとなった出来事はありますか?
𣘺本:失認を経験したことで、表現についてより考えるようになったと思います。数年前に全てを忘れたことがあり、後にそれが失認だったと分かったのですが、その約15分間に見た風景が鮮明に脳に焼き付いています。世界の全ての名前、自分が何者かも忘れた世界は、見えているものは変わらないはずなのに、言葉では表現できないほど不思議で怖いものでした。その後徐々に世界の名前を思い出していったのですが、その過程が聖書の創世記と偶然重なり、世界の真理の一つを掴んだような気がしました。現在の自分の制作の原点はここにあります。
4. 現在まで続く制作へのモチベーション、またアーティストとしての自分の強みは何ですか?
𣘺本:世界の本当の構造はどうなっているのかという一つの真理を掴むためです。そのためには絵だけではアプローチできない時もあるので、パフォーマンス等、様々な表現媒体で実験しています。
𣘺本悠《Victims 1》2024, 73.0 × 61.0cm, カンバス・油彩
5. 今の表現方法に辿りついた経緯、メディウムへのこだわりを教えてください
𣘺本:最初は感情や過去のコンプレックスについてを作品にしていました。それが失認の経験や音楽の影響、興味の変化等で徐々に形の問題や知覚することについてを作品にするようになりました。絵だけでなくパフォーマンスもするようになりました。次はどうなるのか自分でも楽しみです。
6. 影響を受けた人物や作品はありますか?
𣘺本:多すぎますが、仏文やシュルレアリスムの影響はあります。また、サイケやプログレッシブロックの音やアートワークの影響もあります。
𣘺本悠《runaway》2024, 65.5 × 53.3cm, カンバス・油彩
7. 「他者の世界観との関わり」がグループ展の醍醐味だとすれば、今回の『Dimensions III』にはどんな化学反応を期待しますか?
𣘺本:予想できませんが、遠回りしながら核心に迫るようなやり方が好きなので、私の作品が迫ろうとするものとは別の新しい真理のようなものが空間に浮かび上がることを期待しています。
8. 鑑賞者にぜひとも味わってほしいポイントはありますか?
𣘺本:筆致や色、たまに矢印で形のブレの流れやリズムを作っているので、形がどのように変化していきこうなっているのかなど、過程を楽しんでいただきたいです。
9. 今後の展望、夢などをお聞かせください
𣘺本:作品は必然に変わっていくと思うので、次々と新たに発見していきたいです。もっとヤバイものを見つけたい、ヤバイ所に行きたいと思っています。
𣘺本悠《Miles Davis》2024, 65.2 × 53.0cm, カンバス・油彩
幾重に重なる相貌は、𣘺本悠が見ている景色そのものを再構築している。それは我々だけでは辿り着けない、新たな世界の構造を提示している。
『Dimensions III-in/sight』は、2024年12月27日まで。ホワイトストーンギャラリー・オンラインストアでは同展覧会をいつでもオンラインでご覧いただけます。
𣘺本悠
2003年長崎県出身。音楽や文学、サイケデリック文化から影響を受ける。「人間の知覚とその構造」をテーマに、油彩による平面作品のみならず、パフォーマンスも表現形態のひとつとする。 絵画表現においては、人間をモチーフに認識や五感からの看取、見えない向こう側を一貫して追求。我々は普段何を見せられ、何を見せられていないのか。 リアリティの背後に潜む、主観と客観が複雑に絡み合う総体的な世界の組成とはどのようなものなのか―制作物は逐一その答えであり、無数にある「真理」の具現化である。現在、日本大学芸術学部美術学科絵画コース絵画専攻在学中。個展・グル―プ展にて精力的に展示をおこなう。