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第三回 五感を超えて、無限に続くアート体験 :フルクサスと拡張する身体性
2026.01.30
FEATURE
現代アートは、ただ「見る」だけのものではない。五感を研ぎ澄ませ、全身で味わう体験そのものが作品となることも多い。第3回では、1960年代に世界を席巻した前衛芸術運動「フルクサス」のメンバー、靉嘔(あいおう)と塩見允枝子に焦点を当てる。五感の先へと広がる表現と、時を経ても色褪せない作品の在り方について探っていく。
フルクサス(Fluxus)とは?
フルクサス(Fluxus)は、1960年代初頭に、リトアニア系アメリカ人の美術家ジョージ・マチューナスが主導した、ニューヨークを中心に世界各地で展開された国際的な芸術運動だ。反伝統的で前衛気質を持ちつつ、厳密な定義を決まっていない。フルクサスはラテン語で「流れる」を意味し、絵画のみならず、彫刻、音楽といった既存のジャンルの境界を流動的に超えていくことが特徴。
参加メンバーもアーティストだけでなく、作曲家やデザイナー、建築家や詩人など、多岐に渡る。日本からは、靉嘔、塩見允枝子をはじめ、オノヨーコ、久保田成子、小杉武久など多くのアーティストや作曲家が参加している。
靉嘔:虹という『光の法則』から、スペクトルが解き放つ体験へ

靉嘔《オリンピック 100m 男子》1992年、130.0 × 162.0cm、アクリル・カンヴァス
靉嘔は「虹のアーティスト」として世界的に知られるアーティストだ。1958年にニューヨークに移住してから、フルクサスの中心的存在となる。その特徴は、虹色に見えるカラフルな色使いである。世界の全ての事象を虹に変えてしまうのが、虹のアーティストと呼ばれる所以だ。
ただし、靉嘔は単純に虹を描こうとしているわけではない。人間の視覚で感知できる、紫外線と赤外線の間にある可視光線、つまり人間が認識できる6色、もしくは6の倍数のグラデーションで構成された色彩のみを用いている。全ての色の基本である虹の配色を用いることで、これまでの絵画表現とは一線を画した。特に、自然現象としての虹は一過性で、しばらくすると消えてしまうものだが、靉嘔の虹は、描くことによって永遠を帯びる。

靉嘔《LIFE「東京オリンピック」》1964年、32.5 × 26.0cm、 雑誌に油彩
「LIFE」というアメリカの有名な写真雑誌があるが、その表紙を虹色に塗り替えてしまう作品を靉嘔は発表している。世界の全てを虹色の配色に置き換えることで、靉嘔独自の世界へと変容させてしまう。それはスポーツだろうと写真だろうと、どんな事象でも関係なく、靉嘔にかかれば虹色の世界へと変わっていく。「オリンピックシリーズ」では、このスペクトルを感じつつ、スポーツのダイナミックな展開が伝わる構図を楽しむことができる。
靉嘔はこのようなスペクトラムを前面に押し出した視覚表現だけでなく、五感に加えて、未知の感覚「第六感」まで含めた全てに関する作品を作ることを考えて制作をしている。有名なのは《フィンガーボックス》と呼ばれる作品群で、中身の見えない木箱の中に、鑑賞者が指を入れて触ることで、触覚で感覚的な発見を体験させるというものだ。他にもカーネギーホールでフルクサスのメンバーで結成されたオーケストラと、聴覚を探求する作品を作り上げたり、6色の食事を提供して視覚と味覚を刺激するショーを行ったり、インスタレーションやパフォーマンスも多く生み出している。五感を超えて体感する作品を数多く生み出した。
塩見允枝子:音楽は「時間の持続」、終わりのない音楽

展示風景 ©Karuizawa New Art Museum
靉嘔が虹のスペクトルを用いて、視覚や触覚といった「身体感覚」から世界を塗り替えたのに対し、同じくフルクサスの中心メンバーとして活動した作曲家の塩見允枝子は、「時間」という目に見えない流れそのものを芸術として捉え直した。塩見は音楽の本質を「時間の持続の認識」と定義する。耳に届く音だけなく、視覚的な動きや人々の動きもまた、時間の中で音楽的な体験として捉えられるとして表現した。
その原点というべき作品が《イヴェント小品集》である。作品集の中にある23の小さなカードには、それぞれ短い「指示書」が入っている。鑑賞者はその内容を読み、自身が身体を使って表現をする必要がある。アート作品でありながら、鑑賞者自身が演奏することになるこの作品は、必ずしも楽譜や音楽に縛られない、自由な芸術のあり方を提示した。
また、フルクサスのメンバーによるスタンプの展覧会のために塩見が生み出した《Endless Music》も面白い試みだ。箱の中には異なるメロディーが描かれた4つのスタンプがあり、蓋の裏には指示書がある。指示書には幾つかのルールが記されており、スタンプを自分の好きなように押すことで作曲することが出来る作品だ。スタンプはひっくり返しても押せるようになっているので、人によって音階はもちろん、曲の長さも異なる作品を生み出すことができる。聴覚に訴えかける作品でありつつ、視覚的に楽しむこともできる。また、何度もスタンプを押すと、無限の長さの音楽を作ることも可能である。この《Endless Music》は、軽井沢アートミュージアムにて館長である松橋英一がスタンプを押して作曲している動画と、それによって完成した音源を聞くことが出来る。

塩見允枝子 《Endless Music》 1997年、スタンプセット、18.0 x14.5x 3.5cm ©Karuizawa New Art Museum
靉嘔が虹のスペクトルで世界の色を塗り替え、塩見允枝子が日常の振る舞いを音楽へと変容させたように、フルクサスの芸術はまさに流動的であり、それでいて私たちの身近な感覚を、新たに捉え直す機会を与えてくれる。
それは、美術館の中で静かに鑑賞するだけの作品ではない。指先で触れ、耳を澄ませ、あるいは自らが「演奏者」として参加することで、完成する表現なのだ。彼らが提示した「五感の拡張」は、数十年を経た今も色鮮やかに迫ってくる。
靉嘔のフィンガーボックスや、塩見の「イヴェント小品集」は、マチューナスが運営していた「フルクサスショップ」で、実際に販売されていた。マチューナスは、アートはスーパーマーケットで売られる商品のように安く大量に売られるべきだと考え、実践した。当時は先進的過ぎて売れなかったが、現代では多くのミュージアムのコレクションとして収蔵されている。「つながる・ひろがる」展の第五展示室では、この時に使われたポスターが展示されている。

軽井沢ニューアートミュージアムに展示されているポスター ©Karuizawa New Art Museum
感覚を研ぎ澄まし、時には自らも作品の一部となる体験。そのひろがりは、もはや展示室の壁の中だけには収まらない。次回は、アートが美術館という建物を飛び出し、私たちの生きる空間や社会へとさらに広がっていった様子を見ていこう。
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