旋風:アンフォルメルから具体へ

HONG KONG / H Queen’s

2022.07.09 - 08.27

INTRODUCTION

ホワイトストーンギャラリー香港・H Queen’sでは、戦後日本を代表する作家である今井俊満、堂本尚郎、田中敦子、名坂有子らをフィーチャーしたグループ展「旋風:アンフォルメルから具体へ」を開催いたします。

Exhibition Tour by CUSSON CHENG

戦後に確立された自由主義的で革新的な表現方法による作品は伝統的な絵画への疑問を投げかけ、個性を追求した芸術家たちにより現代アートに新たな風をもたらし、芸術家たちによる従来の規範と厳格な伝統への挑戦がはじまったのでした。「アンフォルメル」は、1940年代から1950年代にかけてフランスで始まった芸術運動で、自発性と自由を追求し、超現実主義的な表現を探求するものです。当時フランスにいた今井俊満と堂本尚郎は、この運動における日本人メンバーでした。鮮やかな色彩と爆発的な筆運びで知られる今井の作品は、自然と芸術の融合の中に日本的な美意識を感じさせ、堂本は、厚塗りの油絵で渦巻くダイナミズムを表現するという、新たな絵画方法を生み出しました。この二人の芸術家は1953年に「アンフォルメル」の概念を日本に持ち込み、「アンフォルメル旋風」を巻き起こし、日本の具体芸術の台頭に大きな影響を与えることになりました。

今井俊満

戦後の混乱の中1952年単身でパリに渡った今井は、渡仏中にミシェル・タピエが展開していたアンフォルメル運動に参加。1957年に一時帰国、その後来日したタピエ、ジョルジュ・マチュー、サム・フランシスらと共に日本美術界に「アンフォルメル旋風」を巻き起こしていきます。それは、ヨーロッパ自身が築き上げてきた合理的な美を覆すことを目指すアンフォルメルの風潮において、西洋美術が到達した美の規範の模倣を繰り返すだけの日本美術に多大な影響を与えました。その一方で「日本」や「日本人」を対象化し見つめたことにより、今井は自身の根底に流れる日本の伝統的な美意識を明確に捉え、ヨーロッパ的な固定観念を突き破る手段としました。日本人であることを強く意識した今井は、自然と芸術とを連動して捉える日本の美意識を盛り込むことで、“生”と切り離された西洋美術の行き詰まりを打開したといえます。

堂本尚郎

1952年に伯父である堂本印象に随行した欧州滞在を機にパリへと渡った堂本は、油彩画へ転向。日本人画家の今井俊満や菅井汲とも親交を結びました。1956年、ミシェル・タピエが主導する“アンフォルメル”運動に身を投じます。厚塗りの油絵とうねり渦巻く躍動的な形態という新たな画面を生み出し、未定型の抽象表現を目指すアンフォルメル運動の中心人物として脚光を浴びるとともに、日本の「具体美術」をタピエに紹介しました。1962年以降、タピエと袂を分かち自らの新しい表現の模索をはじめた堂本は、持ち味である撥ねや滴りを反復させる「二元的なアンサンブル」シリーズや物質性を強化した「連続の溶解」シリーズへと展開し、アンフォルメル以後の抽象絵画の可能性を画す表現として評価されました。1960年代後半から2000年代の晩年にかけて堂本の作風はさらなる変化をとげ、円形や波紋などが連続交差する画面構図や夢幻的な色彩絵画、ぼかしや滲みを利用したオートマティズムの手法を用いた「無意識と意識の間」シリーズといった実験的な絵画を継続しました。

Founded in 1954, with the aim to go beyond abstraction and pursue enthusiastically the possibilities of pure creativity, Gutai Art Association emphasized that Gutai art does not alter matter but rather speaks of the delicate interaction between spirit and matter that ultimately enables art to tell a story. The name “Gutai” was meant to “present concrete proof that our spirit is free.” In the exhibition, artworks of the two female Gutai members, Atsuko Tanaka and Yuko Nasaka would be presented. Their admission to the association reflected its gender awareness which confronted the gender subjectivity and low status of female artists at that time. Tanaka took inspiration from electrical diagram, where uncounted circles are intertwined with lines. She uses consistently synthetic resin enamel as mediums. With its glossy matiéres and vivid colors, her creation shows outstanding presence. Nasaka continuously experimented with materials, texture and color through her constant circle paintings. Conveying infinity, circle becomes her lifelong motif for creation.

田中敦子

1955年より具体美術協会に参加。

「舞台を使用する具体美術」(1956年)で発表した、電球に合成エナメル塗料を塗った「電気服」で田中は一躍脚光を浴びます。この作品は、無数の円が線と絡み合う電気回路図から着想を得ています。一貫して合成樹脂のエナメルをメディウムとして使用。光沢のあるマチエールと鮮やかな色彩で、抜群の存在感を示しています。白髪一雄や元永定正と並ぶ、具体の初期を代表する作家の一人です。

 

パーマネントマーカーやビニール塗料など、より安定した素材を使い始めた1957年頃、最初の作品群が登場します。それまでは電球や電気回路の記号であった円形や線が、より自律的な性格を帯び、抽象絵画の言語として機能し始めたのです。この2つのシンプルな幾何学的形態は、その後の40年間で、アーティストが発展していく非常に肥沃な土壌であることが証明されました。田中の絵画は、円と線が織り成す複雑な構造の中で、始まりと終わりがどこにあるのかを知ることはほとんど不可能です。田中は宇宙を円、線、色彩に単純化しました。彼女の制作プロセスは、単純化と複雑化のサイクルであり、混沌とした不協和音に満ちた世界の中で本質を理解するための絶え間ないプロセスなのです。

名坂有子

1938年、大阪に生まれた名坂有子は、幼少の頃から美術制作を始めました。中学時代には西洋美術に出会い、油絵で具象的な作品を描き始め、学生時代の終わりには抽象的かつ建築的な作品を制作していました。大阪樟蔭女子大学在学中に、具体を主宰する吉原治良が審査員を務める二科展に出品。1963年、吉原は名坂に具体への参加を勧めました。

 

1960年代初頭、名坂は段ボールシートの裏から無数の穴を開けて作品を制作していました。この穴をあけた作品は、第15回芦屋市展で市長賞を受賞しました。1964年、グタイ・ピナコテカで個展を開催し、ポール・ジェンキンス、ジョン・ケージ、マース・カニングハム、ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグらアメリカのアーティストと交流しました。その後、名坂は円を描くことの大きな可能性に気づき、正方形のパネルに円を描くことに没頭します。この円形の作品は、石膏と粘土でできた素材にパレットナイフでレリーフを施し、特注の回転台の上で板状にしたものです。そして、陶磁器の釉薬のような効果をもたらすエアブラシを使って、樹脂やラッカーで彩色されています。

 

名坂の作品は、工業製品、特に父親が経営するメーター工場にインスパイアされていますが、石膏の円形は、レリーフや塗料の色のバリエーションによって、少し違った印象になっています。その円形が重なり合うことで、圧倒的な反復性が無限大の空間と神秘的な空間を生み出しています。

旋風:アンフォルメルから具体へ
2022.07.09 - 08.27

香港 / H Queen’s

8F / H Queen’s, 80 Queen’s Road Central, Hong Kong
Tel: +852 2523 8001
Fax: +852 2523 8005
Opening Hours: 11:00 - 19:00
Closed: 日曜、月曜
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