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孤独と都市が溶け合うとき:原澤亨輔インタビュー
2025.11.25
INTERVIEW
ホワイトストーンギャラリー銀座新館では、新進気鋭のアーティストたちによる『Dimensions IV - art is』を開催する。
今回、参加アーティストたち3名の内なる世界に迫るべく、インタビューを実施。アートに対する考え方、それを具現化させるためのメディウムへの向き合い方、創作における原点などを尋ねた。三者三様のまなざしが交差する言葉から、その奥行きを感じてほしい。
ー今回の展示の制作テーマや、メインビジュアルの作品について教えてください
原澤:今回の展示では、都市に共に生きる現代人が内包する孤独と無機質な街が絵画の中で溶け合い、ひとつの生き物として再構築される様をテーマに制作しました。
メインビジュアルは私が三ノ輪にあるアルバイト先へ行く際に見える都電荒川線をモチーフに描きました。闇の中から伸びる線路と列車は無機質でありながらも、私たちを静かに覗いているようでした。傘を差して雨の街を行き交う人々は無関心の鎧を纏い、孤独は都市の風景に溶け合いながら絵画の中で一つになります。
ーアーティストとしての自分の強みは何ですか?
原澤:伝統と現代性のあいだを往還しながら、絵画における新たな精神性を模索している点が、自分の作品の特徴であり強みだと考えています。
膨大な情報が流れ込む都市の中で暮らしてきた私は、そこで生きる現代人と同じく、自身を守るように無関心という鎧を纏いながら日常を過ごしてきました。そうやって身につけてしまった無関心さから距離を置き、日常の風景を見つめ直すことで、何気ない情景の中に潜む感情や気配を丁寧にすくい取り、伝統的な日本画の精神を受け継いだ自身の内面的な世界へと落とし込んでいきます。
原澤亨輔 “inside pocket” 2025年、41.0 × 31.8 cm、和紙・岩絵具・墨・銀箔
ー創作における自分の原点、きっかけとなった出来事はありますか?
原澤:私の制作の背景には、幼少期に体験した「不思議の国のアリス症候群」と呼ばれる幻覚・幻聴によって生じた恐怖や不気味さがあり、創作の出発点となっています。こうした症状は時間とともに消失しましたが、特定の風景や状況に触れることで記憶がフラッシュバックすることがあり、その度に自分の中にある「未知への畏れ」が再び姿を現します。
このような感覚がかつてはトラウマでしたが、時が経ち症状が現れなくなった現在では、引き寄せられる魅力的な美しさを内包する対象として記憶に残り、強い関心を抱くようになりました。
ー今の表現方法に辿りついた経緯、メディウムへのこだわりを教えてください
原澤:私の作品は和紙に岩絵具と新岩絵具で描かれています。岩絵具とは自然由来の鉱石から生成される絵の具で日本の伝統的な画材です。岩絵具は粒子の荒さ、水を媒介することによって写実的表現が難しい特徴があります。一見、表現の自由を狭めるように思えますが、その制限の中にこそ独自の「奇想性」が潜んでいると考えます。このような制約と向き合うことで、内面的な感情が穏やかな形で作品に現れるのであり、それは単なる個人の記憶の表出ではなく、絵画の可能性を拓く試みでもあります。
新岩絵具とは岩絵具の代替として安価に手に入る画材として開発されたもので、原材料はガラスです。山河を描くために鉱石を用いた先人達と同様、私は街を描くためにガラスを用いています。
原澤亨輔 “街見る鯨” 2025年、53.0 × 45.5 cm、和紙・岩絵具・墨・銀箔
ー影響を受けた人物や作品はありますか?
原澤:円山応挙の「氷図屏風」 では和紙に様々な方向に墨の線が書かれているのですが、この墨線の太さ、 濃淡を微妙に調整する事でひび割れる氷河の固さ、 空気の冷たさ、どこまでも広がる空間を表現しています。この描かずして描く表現は画面にコントラストと緊張感を生んでいます。
私はここに異様な畏れを覚えると同時に惹かれる魅力があると考え、自分の作品に取り入れようと考えました。正確に言うと、表現し考察する中で無意識に共通する要素が存在していた事に気がつき、意識的に表現に取り入れていきました。
ー今後の展望や夢をお聞かせください
原澤:私の作品を一人でも多くの人に見てもらい、多くの人の琴線に触れるような体験を届けたいと考えています。
創作においては、人間の無意識に潜む畏れと魅力の境界線を探るものであり、その方法論は、日本画の伝統と精神を足場にしながら、現代における絵画の新たな可能性を探り続けていきたいと思っています。
そして、自らの表現を通して、世界に日本の美的精神を広めて新たな価値観を提示することを目指しています。
原澤亨輔 “信号” 2025年、162.0 × 162.0 cm、和紙・岩絵具・墨・銀箔
原澤亨輔は伝統を受け継ぎながら現代へのアプローチを自らのものにし、作品として落とし込んでいる。その探求が都市の風景と重なり、一つの生き物のように息づく世界として立ち上がっていく。