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具体メンバー・名坂有子による狡猾な構造学の美

具体美術協会に関して発行された書籍『GUTAI STILL ALIVE 2015 vol.1』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第15回目は、具体美術協会の第2世代アーティストで、ドリルの穴や同心円の集積を制作に取り入れた、名坂有子にスポットを紹介。美術評論家の中塚宏行氏が、名坂の作品の魅力を、具体との関係性を通して浮き彫りにする。


Yuko Nasaka: A Madonna of Gutai’s Second Generation – Cumulation of Drilled Holes, Concentric Circles Represents “Mysterious Space” or “Infinity”

中塚宏行(美術評論家)


今世紀に入って、「具体」を代表する中心メンバーであった白髪一雄(2008没)、元永定正(2011没)、嶋本昭三(2013没)が相次いで鬼籍に入った。創立時からのメンバーである上前智祐(1920生)は昨年、現役最長老作家としてBBプラザ美術館(神戸)で回顧展を開いた。既に卆寿を超えた93歳となった。

最近の具体関連の催しでもっぱら登壇し、発言するのは、向井修二、前川強、松谷武判、今井祝雄、堀尾貞治といった「具体」の第二世代以降のメンバーである。「具体」の文化的遺産とDNA、神話と伝説はこの第二世代以降の元会員たちおよび物故会員たちの子息、子女たち、国内外の若い具体研究者、コレクターたちに引き継がれようとしている。国立新美術館での具体回顧展やグッゲンハイムでの展覧会、具体資料集(英語版)の刊行、元具体メンバーたちの相次ぐ国内・海外での展覧会、作品集の発行、市場価値を求めての作品の海外流出などがその事を物語っている。具体の回顧、検証、評価は、半世紀を経て新しい時代に突入しているといえよう。

名坂もまた第二世代の作家として具体のメンバーとなった。1962年第47回二科展、第5回現代日本美術展、1962~64年芦屋市展での3回連続受賞を果たし、63年に具体に入った。第15回芦屋市展(1962)に出品した「12073の穴」、「10044の穴」 「11402の穴」 の3点が市長賞、15周年記念賞を受賞、いずれも段ボールの裏からドリルで無数の穴を開けて表面に突起を作りだした作品である。第16回展(1963)の「作品Ⅱ」は市議会議長賞、第17回展(1964)の「作品1」は 河内賞を受賞した。いずれも吉原治良が審査委員長であった。1962.10.7のサンデー毎日には「日本探検 体当たり芸術グループ」として白髪、嶋本、向井らとともに、「ドリルでかく絵」として穴をあける名坂の制作風景が1頁の全面写真を使って紹介されている。

名坂が「具体」に入った63年前後は、「具体」のメンバーに大きな変化が生まれた時期でもある。61年に向井修二、62年に前川強、63年に名坂と同期で松谷武判が入会、2年後の65年には今井祝雄、今中クミ子、名坂千吉郎、楢原通正、ヨシダミノル、小野田實、坂本昌也、田井智、木梨アイネらが入会、その翌65年には聴濤襄治、堀尾貞治、高崎元尚の3名が入り、61、66年の間に20名の新入会作家たちが一挙に「具体」のメンバーとなった。前川、名坂、松谷が入る前は20名足らずだった具体に、新たに同じぐらいの人数がこの時期に入ったのである。一方で64 ~ 65年には初期からのメンバーであった浮田要三、田中敦子、金山明が退会している。こうした状況を考えれば、名坂有子が入った頃の「具体」は、まさに新しい血が導入された、新時代の「具体」だった。

第14回具体展を朝日新聞(1964.4.4)は、「転換期にたつ具体美術展」との見出しをつけ「新しい美を発見するための、あの花々しかった実験意欲が停滞気味なのはさびしいことである。その中で記号を並べてリズミカルな向井修二、赤や青や金の丸点をつないで清純な詩情をうたう名坂有子、マジックの線描にビニール塗料をかけて甘い情感を訴える坪内晃幸らの、むしろ温雅な作風の台頭が印象にのこる。」(橋)と当時の具体の雰囲気を伝えるとともに、名坂の作品に言及している。

名坂の活躍は、向井、松谷、前川に続いて、1964年11月のグタイピナコテカでの個展に至る。

吉原治良が、ピナコテカでの名坂有子の個展に寄せた文章(1964・10・10)を全文再録しておこう。

「 名坂有子の作品をはじめて芦屋市展で見てからもう三年近くなるのではないか。冷い、グレー一色の地肌に、ドリルであけたとげとげしい小さい穴が無数に並んでいるだけの画面であった。そんなに目新しい感じはしなかったが、そのいずれもが何百号かの大画面で穴の数は何万とかになるそうだが、じっくり腰をすえた仕事だけがもつ気魂のようなものが漂うのである。

やがて彼女は「具体」の正式のメンバーに加わったが、やたらに並べたがる様式と、大作への執念は変らない。ただ、且ての荒涼とした感じは豊かな色彩に満ち溢れてきた。とげとげしい穴や、その後の釘の行列は、色の小さい円形群におきかえられた。最近は廻転板を使用して不思議な単一の円形の製造に夢中になっているらしいが、これもいずれは並べなければ気がすまないのであろう。日々、できあがる同質の作品群を彼女は縦横につなぎ合わせて物凄い大画面としてしまう。この狡猾な構造学のためにわれわれの展覧会の壁面はいつも名坂に最大のスペースを用意しなければならないはめになる。小柄で、無口で、しとやかな名坂有子のどこにそのようなバイタリティがかくされているのか。明晰で、執拗で、それでいてどこか桁はずれの彼女の作品に寄せる期待は大きい。」

加藤瑞穂氏作成の年譜によれば、このピナコテカでの名坂の展覧会開催中(会期は11/1~10だが、その後11 月中の各水曜日などは開館していた模様)に日系アメリカ人画家金光松美が訪れて(11/4)、金光はポール・ジェンキンス、批評家ジュール・ランスナーと共に再訪問(11/11)、さらにジェンキンス、ランスナーはロバート・ラウシェンバーグ、ジョン・ケージ、マース・カニングハム、一柳慧と共に再訪問(11/16)、名坂のアルミダイキャスト(アルミで鋳造した棒状の突起のある作品)にジョン・ケージがコインを転がして演奏するという一幕(ハプニング?)があり、そのコインを拾うためにしゃがみ込む吉原治良がケージと一緒に写真に写されている。さらにジェンキンスは具体の作品に刺激を受け、にわかに絵が描きたくなったといってグタイピナコテカの2階をスタジオとして制作活動もした。そして、ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ウィリアム・S・リーバーマンが作品調査で訪問している。(11/29)ピナコテカで名坂の個展を見たジュール・ランスナーは美術雑誌Art International(1965.4)Ⅸ/3で「 具体」の報告の中で「名坂有子はろくろの上で合成樹脂系の絵具を回転させてつくった円盤によって、神秘的で喚起力に富む画面をつくったり、また風化したようなざらざらした効果を出すためにスプレーで吹き付けされた巨大なボール紙に穴を開けたりした作品をつくっている。」と紹介している。

名坂の活動はその後、第18回具体新作展(1967)の、渦巻き状のテープを中に組み入れた四角い立体作品、第19回展(1967)の半球状のキネティックアートなどの変化も見せつつも、第20回展では再び円盤を集積させた平面を出品、朝日新聞(夕)(1968.7.10)には「写真のネガのようなタブロー」との評が見られた。そして1970年万博みどり館〈エントランスホール〉グタイグループ展示では、夫の名坂千吉郎構成のもとに、名坂有子は天井と床に鏡を使った円盤のタブロー2枚合わせと、スチロール粒を用いた送風装置の2点の作品を出品した。

名坂の活動は1972年の具体解散後、夫の父母の介護のために自由に外出できないという状況を抱えながらも、府立現代美術センターやABC ギャラリーでの個展(85、86)、女性作家達によるウイメンズ展(87、89、91、93)、大阪トリエンナーレ(90、93)への出品など今日まで続いている。義理の父母は既に亡くなられたが、そのことに話題が移ったとき、様々な思いが込みあげたのか名坂さんは涙ぐんでおられた。

与えられた紙数はとっくに尽きている。まだまだ語るべきこともあるが、今回は名坂有子という美術家の「具体」時代に限定して、同時代のドキュメントを中心にまとめておくことにする。

(参考文献) 
GUTAI 1954-1972 具体資料集 財団法人芦屋市文化振興財団  1993
戦後大阪のアヴァンギャルド芸術 大阪大学総合博物館叢書9  2017
植木啓子、國井綾、名坂有子氏らに資料の調査協力を得ました。

(月刊ギャラリー8月号2013年に掲載)

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*Information in this article is at the time of publication.

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