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「創造と発見」を求めて描き続けた“鷲見康夫”の作家インタビュー

鷲見康夫

具体美術協会に関して発行された書籍『GUTAI STILL ALIVE 2015 vol.1』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第9回目は、具体美術協会会員であり、2015年に逝去された鷲見康夫へのインタビューを取り上げる。絵を描くきっかけとなった嶋本昭三との出会から、作品入選、そして晩年の創作活動を、2013年の作家インタビューを通して振り返る。


「創造と発見」を求め、常に自由奔放に描き続けてきた鷲見康夫


具体美術のアーティストとして活躍してきた鷲見康夫は、現在88 歳。今も作品を制作している。今日までの約60年間にも及ぶ長い制作時間の原点に、具体美術の故嶋本昭三との出会いがあった。大阪のアトリエでその出会いの様子を軽快な口調で鷲見自身から聴くことができた。その経緯の中に鷲見康夫の美術に対する変わらぬコンセプト「創造と発見」を求める自由な精神を見ることができた。

―鷲見先生が1954年、29歳の時に、3年間の結核の療養生活から復帰して、大阪の公立中学の先生に戻った時に、ちょうど職員室の隣の席にいたのが同じ具体美術で活躍する嶋本昭三その人だったということですが、そうした運命的ともいえる出会いから、先生はアーティストへの道を歩むことになったわけですね。

鷲見 そうなんです。だけど嶋本さんはその時すでにモダンアート展で最高賞を受賞したり、専門は社会科だったはずですが中学校では美術の実力が認められていたので美術を教えていました。もう美術家としてけっこう有名だったですね。その嶋本さんは、教員の同僚として退院してきたばかりの私に親切にしてくれました。

―嶋本昭三と会ったことで、初めて絵を描くようになったというのは本当のことですか。

鷲見 本当ですよ。ただ美術は子供のころから好きでしたし、入院している時に、画集でミロやクレーの絵を見ていました。こういう絵が描ければなとは思いましたが、まさか、本当に絵を描くようになるとはその時はまったく思っていませんでしたね。

―どんな経緯から描くようになったのですか。

鷲見 教員に復帰したばかりで元気のなかった私に声を掛けてくれたのが嶋本さんだったとは先ほど言いましたが、その時、嶋本さんが自分は絵を描いていると話してくれたんです。それでどんな絵を描いているのか聞くと、作品の写真を見せてくれました。それはモダンアート展で最高賞を取った作品だというのですが、線が交錯したもので興味深いものには感じました。嶋本さんは今までにない新しい絵だと言っていましたが、私は、思わずこれが絵ですか、これなら誰でも描けると言ってしまったんですね。現代美術をまったく知らなかった私にはそう見えたんですね。すると嶋本さんは「絵なんぞは誰でも描ける、2歳、3歳の子供にだって描ける」というから、それなら僕も描こうか、といったら「描け、描け」ということになったんですね。

―記録によると、先生は1954年の春の芦屋市展に出品して入選していますね。それは具体美術の創設の時ですよね。ですが、今の話では鷲見先生はその同じ年の54年の春に初めて嶋本先生と会って、絵を描くことになったということですね。ということは春に絵を始めて、1ヵ月足らずで、もう入選したということなんですか。

鷲見 そういうことになりますね。嶋本さんに「描け描け」と言われて、それで毎日、学校にはテストで使った余ったわら半紙がたくさんありましたから、その紙の裏ににインクや墨汁を使ってペンや手で何十枚も描きました。それを嶋本さんに見せたら「なかなかいい」と褒められるので、嬉しくなってどんどん描いていましてね…。

―先生の画期的な描具となったソロバンを使って絵を描くようになったのも、その当時なんですか。

鷲見 ソロバンで描くようになったのは、ある日インク壺を紙の上にひっくり返してしまって、どうしようかと思ったのですが、その時ソロバンがあったので、ソロバンの玉を転がしながら掻きまわすようにパッパッとやると、えらい綺麗な線になったんですね。それで夢中で何枚も描いて、嶋本さんに見せたんです。そうしたら「これは凄い」というんです。「鷲見さんがこの手法を使わなかったら俺が真似するで」とまで言うから、これがそんなにいいのかなと聞いてみると「誰もやってないから凄いもんや」というんですね。それでどんどんそうした作品を創って毎日持っていったら、「これ鷲見さん油絵でいっぺん描いてみ」と言われてそろばん使って描いて見せたんですね。するとやっぱり凄いとなって、次は、これ展覧会出してみたらと言われましてね。だけど、展覧会に出して入選するなんて考えてみたことないわと言ったのですが、出してみろや、というから、それなら嶋本さん搬入に付いて来てくれやといったら、付いてきてくれましてな。行ってみるとみんなは立派なキャンバスに立派な額縁付けた作品をもってきていましたね。僕のはそんなものじゃなかったけど、とにかく重たいの持ってきたのだから搬入だけして帰れということで、置いてきました。

―とんとん拍子で進んでいったということですね。

鷲見 その当時ね、妹が滋賀大学の教育学部に通っていて風景画を描いているのを見ていました。一所懸命描いていて、それで県展に出して、入選したり落選したり、落選のほうが多かったかな、だから絵というのは難しいもんだなと思ってたわけです。ところが、パッパッとやった僕の絵が凄いでというわけですね嶋本さんは。何が凄いのやというと、こんなこと世界の誰もやってないのやということなんですね。ですから楽しくて夢中でやったわけなんです。展覧会に出して10日ほどしたら、職員室でみんなが新聞を見ているんです。嶋本さんに何の新聞見てるのやと聞いたら「鷲見さんの名前がでてるで」というから、僕、新聞に出るようなそんな悪いことしてないと言ったら「新聞には良いこともでるのや」と。初めて出品した作品が賞に入っていたんですね。

―その時の審査委員長が、具体美術を創設することになる吉原治良だったということですね。

鷲見 そうでしたね。授賞式で賞状を頂く時、吉原先生が「こういう絵は、他の絵描き達は技術がない技術がないといいますけど、鷲見さんがそろばんを使ったということは素晴らしい技術です。鷲見さんがそれを発見したということも素晴らしい。好き勝手に眼をつぶって描いたようなのもまた素晴らしい」と、もの凄く褒めてくれたんですね。その時は小さい子供が初めて玩具を貰ったときと同じくらいで、眠られんくらい嬉しかったですね。「また描かれたら、僕のところに見せに来て下さい」とも言われました。それを嶋本さんに言ったら、吉原先生の所に一緒に行こうかということになりました。その年に具体美術はできたんですね。

―先生が具体美術協会に入ったのはその翌年の55年でしたね。

鷲見 始めの頃は吉原先生は、いつも僕の作品を褒めてくれましたわ。ところが、だんだん褒めてくれんようになりまして。なんでやと考えると、僕が吉原先生のところにもっていく時、褒められようとして頭で考えて描くでしょう。だけど頭で考えたらあきまへん。いつものようにペッペッと描いて見せたら、それのほうがいい。頭の中に無いものを創らないといけないんですね。考えるということは頭の中で一生懸命創って、考えるから古くなるんです。考えないのが新しい、ということがだんだん分かってきた。考えないで描く。そしてパッと見て、これは良いと思った時、その絵は創造と発見をしたということになるんですね。

―それにしてもあっという間に、道ができたという感じですね。そこから、国際的な展覧会で活躍していくことになるんですね。

鷲見 それでも僕はね、一度も絵描きになろうと思ったことはありませんね。面白いから、展覧会で褒められるから、楽しくて夢中で描いてきただけですね。

―つまり自由に純粋に思うまま描いてきたということですね。職業としては学校の先生ということで全うなさった。

鷲見 僕は経済学専攻で、教員免許状は社会科と英語です。ですからその時分は英語を教えていましたが、それ以後は嶋本さんと同じように美術を教えました。この前、成長した教え子たちに会いましたが、他の学校の卒業生は今の展覧会を見に行っても、わけのわからない絵ばっかりで面白くないと言っていたらしいですが、教え子の彼らは「我々は美術が分かります」と言ってくれましたね。

―どんな教え方だたのですか。

鷲見 生徒がね、模型飛行機のモーターを持ってきてパーッと絵具を飛ばしたりね、足の裏に絵具を付けて、紙の上を歩いて作品を創って、よく僕に見せに来ました。そういう美術の教え方ですね。だから、指導要領あるいは美術の教科書もぜんぜん見たこともないんですね。(笑い)

―まるで具体美術のようですね。作品発表と教育という両面から、先生は世の中に美術を発言してきたわけですね。これからも、各地の展覧会で多くの作品が展示されることになっていくでしょうが、お元気で、ご活躍ください。

(月刊ギャラリー7月号2013年に掲載)

“具体美術協会”の詳しい紹介はこちら »

本記事に掲載されている情報は発行当時のものです。現在の状況とは異なる場合があります。

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