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光に愛された男:田原桂一

評価され続けているアジアのアート
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評価され続けているアジアのアート

国際的に評価されているアーティストやアジアのアートマーケットに関しての書籍『今、評価され続けているアジアのアート』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第3回目は、写真家の田原桂一をご紹介する。

光に愛された男:田原桂一

伊東順二
美術評論家 東京芸術大学社会連携センター特任教授

最近逝去したばかりで、その上まだ活動が生々しく記憶に残っているのに、再評価すべきと問いかけることが妥当かどうか、しばらく思い悩んだ挙句、やはり田原桂一に思いは巡ってしまった。しかし、今、彼の再評価を問いかけないと、写真という表現メディアに、将来大きな欠落を生んでしまうように感じるのは私だけだろうか?

パリで田原桂一宅を訪れたのは、もう四十年ほど前のことである。当時私は、交換研究員としてパリに居て、大岡信先生の紹介で、芸術新潮に「パリ通信」の連載を始めたばかりだった。ある時、知人を通して、日本人の写真家が一度作品を見て欲しいと伝言があったので、訪ねることになったのである。

田原桂一 写真「窓」シリーズより

パリを拠点に〝光を写す〟ことのみをテーマに

下町の寂れたアパルトマンを訪れると、田原夫妻は温かく迎えてくれた。ちょうど日本での最初の個展を終えたばかりで、それについて書かれた小さな批評記事を見せてくれたが、それは決して芳しいものではなかった。

続いて、電球が一つ垂れている部屋に通され、それまでに製作した全てのシリーズに目を通した。田中泯、窓シリーズ、そして最後に見せてくれたのが一瞬何をとっているのかがわからないような作品だった。それは、「ÉCLAT(光)」と題されたシリーズで、実際何かを撮っているわけでもなかった。ただ光それだけである。衝撃的な作品だった。写真は、確かに光学的な反応により成立するものである。故に、マン・レイやモホリ・ナジのように、直接的に感光させるような作品が現代美術の一手法として二十世紀に大きな表現の多様性を産んだ。しかしその時に見た田原の作品は、そのどれとも異なる、光を記録しているのではなく、光を写している作品だったのである。おそらく、写真史に大きな足跡を残すだろうと感じたその作品に取り憑かれ私は、事あるごとに、この素晴らしい写真家について書いた。生計に困った時には、観光客用の写真も撮っていた彼もその才能を見出した三宅一生氏や山本耀司氏の後押しもあって、次第に高い評価を得ていくようになる。そして、数年後、偶然同時期に活動の拠点を日本に移した私たちは、一九八五年、彼が世紀末建築を記録した作品シリーズを冠した「ファン・ド・シエクル」展を作家、キュレーターとして開催した。会場自体が建築となった空間で、二十一日間連日挑戦的な企画を披露するという試みは、幸運にも好評を得てそれぞれその後の活動の基盤となった。

変な言い方かも知れないが、アーティストとキュレーターは思うにバンドのようなものかもしれない。見ている方向が同じ時はチームとなって一つのエネルギーを創造するが、そのベクトルが微妙に違えると、決して再び重なることはない。私たちも同様で、その原因は田原が写真からオブジェへとその製作の視点を変えたことだったように思う。私にとって田原は、写真を見ることから感じることに変えうる、唯一の可能性を持った写真作家だった。カメラオブスクラ時代からの写真にまとわりついたオプセッションから、逸脱しうる才能を持った男として。

その後彼は再びフランスに拠点を戻し、アーティストとしての幸せな人生を全うしたが、正直なところ私たちは、再び活動を共にする意欲をなくしていたように思う。

今年、突然彼の訃報が届いた。その時ふつふつと私の中で湧き上がる無念さを感じたが、それが親友の死に対してのものだけではなく、写真の未来の一つの喪失に対する無念さだったことを、悲しみが薄れるに従って逆に強く感じている。

田原桂一(たはら けいいち)
1951年京都に生まれる。1971年に渡仏後、ヨーロッパの刺すような鋭い光に衝撃を受け、写真を始める。以後2006年までパリを拠点とし、光をテーマに写真、彫刻、インスタレーション、建築と幅広く活躍。77年に「窓」シリーズでアルル国際写真フェスティバル大賞を受賞。以後、木村伊衛賞など多数受賞。フランス文化勲章シュヴァリエ章受章。一躍世界的な脚光を浴び、日本、ヨーロッパにて数多くの展覧会を開く。2017年舞踊家田中泯を被写体としたシリーズ「photosynthesis 1978-1980」展を開催。2017年6月没。

伊東順二

長崎県出身。一九七六年早稲田大学文学部仏文科卒業。同大学大学院修士課程修了。仏政府給費留学生としてパリ大学に学ぶ。帰国後、美術評論家、アート・プロデューサー、プロジェクト・プランナーとして分野を超えたプロデュースを多数手がける。一九九五年ベニスビエンナーレ日本館コミッショナー。二〇〇二年フランス芸術文化勲章「シュヴァリエ」受章。前長崎県美術館館長。富山市ガラス美術館名誉館長。東京藝術大学特任教授。

書籍情報
書籍名:今、評価され続けているアジアのアート
発行:軽井沢ニューアートミュージアム
発売 : ‎ 実業之日本社
発売日 ‏ : ‎ 2019年8月6日

※本記事に掲載されている情報は発行当時のものです。現在の状況とは異なる場合があります。

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