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精妙な秩序感覚─堂本尚郎の世界

評価され続けているアジアのアート
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『旋風:アンフォルメルから具体へ』2022, ホワイトストーンギャラリー香港 / H Queen’s

国際的に評価されているアーティストやアジアのアートマーケットに関しての書籍『今、評価され続けているアジアのアート』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第1回目は、ミシェル・タピエが主導する“アンフォルメル”運動に身を投じ、同時に日本の“具体美術”をタピエに紹介した、日本人画家・堂本尚郎を紹介する。アンフォルメル運動の中心人物として脚光を浴びながらも、後年は独創的な絵画表現を実現した堂本の世界に、美術評論家の高階秀爾が迫る。

精妙な秩序感覚─堂本尚郎の世界

高階秀爾
美術評論家 大原美術館館長

堂本尚郎が第二次世界大戦後のパリの新しい前衛芸術運動「アンフォルメル」(Informal)グループの有力な旗手として、国際的に高い評価を得るようになるのは、一九五〇年代後半のことである。だが日本においては、彼はすでに十年以上にわたる画歴を持ち、優れた日本画家として、美術界ではよく知られた存在であった。事実、長い伝統を持つ古都京都に生まれ、画家の家系に育った彼は、日本の代表的美術団体である日展において特選を得るという栄誉を得ている。

一九五〇年代のパリを拠点に……日本画と決別して『アンフォルメル』の世界へ表現主義的抽象の画家として注目を集める

その堂本が、日本画の世界と決別して、技法も様式もまったく異なる西洋画の世界に身を投じるようになったのは、叔父の日本画家堂本印象とともに、パリ、ロンドン、マドリードなどの主要な美術館を訪れて、ルネサンス以来の西洋の名作に触れて強い衝撃を受けたのがその機縁であった。だが、ひと口に西洋画と言っても、むろんその表現はさまざまである。特に堂本が移り住むようになった一九五〇年代のパリは、一方で伝統的なアカデミズムの流れもなお強く残り、それに対抗した二十世紀の前衛運動であるフォーヴィスム、キュビズム、さらにはシュールレアリスムの系譜に属する巨匠たちも活躍していた。そして一切の具象的形象を拒否した抽象的絵画においても、大きく分けて幾何学的抽象と表現主義的抽象、あるいは抒情的抽象と呼ばれる画家たちがいた。堂本がまずその仲間となった「アンフォルメル」グループは、その抽象表現のなかでも最も尖鋭な仲間たちと言ってよい。そのグループ活動に加わった画家たちには、例えばフランスのジョルジュ・マチュウ(Georges Mathieu)、ドイツ人のハンス・アルトゥング(Hans Hartung)、スペインからやって来たアントニオ・タピエス(Antonio Tapies)などがいた。これらの名前を見ても明らかなように、同じグループと言いながら、ひとりひとりまったく違った独自の個性的表現を見せている。堂本は、その「アンフォルメル」活動の中心であったスタドレル画廊(Galerie Stadler)の個展によって、注目を集めるようになったのである。

堂本尚郎の画歴のなかでは、それは「アンフォルメル時代」と呼んでもよいような表現様式で、事実そこでは、激しい動勢を示すダイナミックな筆触と純粋な色彩表現が特色だが、絶えず上昇志向を示すその筆勢は、重力の束縛を離れて自在に天空を飛翔する軽快な一面をも感じさせ、またマチエール感を極度に抑制した白、青、緑等の清冽な色彩感覚も地上世界を離れた澄明な世界を暗示する。そこに堂本尚郎の独自の優れた表現が見てとれるであろう。

精妙な秩序感覚に裏打ちされた独創的な絵画表現

一九六〇年代に、堂本はパリを離れてニューヨークに移り住む。それとともに、表現様式は一転して、赤や黒の強烈な色彩による重厚な形態を重ねるというまったく動きを感じさせない様式へと変るが、ほとんど煉瓦か石材を思わせるその形態を支配する建築的な構成感覚は物質世界に対する人間の知的精神の表われと言ってよい。しかも、色彩表現において、しばしば金色を導入することによって、その精神性はいっそう高められる。

その後、堂本は、国際的な活動を続けながらも帰国して、制作拠点を日本に定める。それとともに、表現は、多彩な抽象模様で画面全体を覆うという様式に変化する。しかしその抽象表現は、幾何学的な厳密さだけに頼るのではなく、あたかも穏やかな微風に揺れる水面のような微妙なゆらぎを見せる。それは明らかに芸術家堂本尚郎の独自の表現だが、それと同時に、その精妙な秩序感覚は、日本の伝統芸術をつねに支えて来たものである。その精妙な秩序感覚を、きわめて独創的な絵画表現に実現して見せたところに、堂本尚郎の芸術の偉大な達成を認めることができるであろう。

高階秀爾(たかしな しゅうじ)

美術史学者・美術評論家。東京生まれ。一九五三年東京大学教養学部卒業後、フランス政府招聘給費生として留学。帰国後の一九七一年東京大学教養学部教授。退官後東京大学教養学部名誉教授。ルネサンス以降の西洋美術と近代日本美術の理論で知られる。国立西洋美術館館長、大原美術館館長、秋田県立美術館顧問。フランス・レジオン・ドヌール勲章、シュヴァリエ章受章。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章。著書に「ルネサンスの光と闇」、「美の回廊」、「日本人にとって美しさとは何か」他多数。

書籍情報
書籍名:今、評価され続けているアジアのアート
発行:軽井沢ニューアートミュージアム
発売 : ‎ 実業之日本社
発売日 ‏ : ‎ 2019年8月6日

※本記事に掲載されている情報は発行当時のものです。現在の状況とは異なる場合があります。

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