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なぜ、アジアにアートファンドが必要なのか

評価され続けているアジアのアート
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評価され続けているアジアのアート

国際的に評価されているアーティストやアジアのアートマーケットに関しての書籍『今、評価され続けているアジアのアート』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第14回目は、白石幸生とエドワード・J・ロジャーズの対談をお送りする。

なぜ、アジアにアートファンドが必要なのか|美術界の達人に聴く

白石幸生
株式会社ニューアートホールディング代表取締役
Yukio Shiraishi

エドワード・J・ロジャーズ
ロジャーズ インベストメント アドバイザーズ株式会社C.E.O & C.I.O

コレクター、画家のためにもなるアートファンドを作りたい

白石 3年くらい前から、アートファンドを組もうと、いろいろと考えて準備を進めてきましたが、今日は、ロジャーズさんをお招きして、いろいろお話ができることになりまして楽しみです。日本のファンドということで、野村証券の関係者の方に紹介していただき、一緒にやることになったのは、神様のめぐり合わせだと思って、私は全面的に信頼して取り組もうと考えています。

ロジャーズ こちらこそ感謝しています。今回、白石会長とアートファンドで組ませてもらうことは素晴らしく美しいことだと期待しています。白石会長が携わっているアートワールドは私の世界じゃありせんが、たくさんの人が興味を持っている間違いのない芸術の世界ですね。私は金融商品を扱う専門家として、できる限りのことをやっていきたいと思います。そこで、改めて伺いたいのは、会長はなぜ三年前からアートファンドをお作りになろうと考えられたんですか。

白石 三年前というのは手続きを始めた時ですが、このファンドのための準備はもう10年前からやっています。日本そしてアジアの美術界の将来のために、どうしてもファンドを組みたいという強い意思を持っているんです。社会のためにならないファンドだったら、私は作らない。参加しない。今、日本の美術界、アジアの美術界のために必要だからファンドを作るんです。今、画家は自分で絵を描いたら、自分で売っても飯は食える。今までの中国の画家はみんなそうです。自分で絵を描いて、自分で絵を売っています、自由主義社会に経済がなる前ですね。日本では画家が絵を描いて、画商が絵を売るという行為になります。

そこにオークションハウスが誕生してきました。ところが、オークションハウスが強くなりすぎて、昔は手数料が10パーセントくらいだったのが、今はサザビーズ、クリスティーズは25から30パーセントに上げると言っています。そうしたら利益は売り買いされるたびに全部オークションハウスに消えてしまいます。コレクターも買うたびにその負担をしなくてはいけない。それならアートファンドに参加した方がいい。コレクターのためにも、画家のためにもなるというアートファンドを作りたいわけです。

ロジャーズ サザビーズやクリスティーのオークションハウスとギャラリーを比較すると仮に1億円以上の絵がどういうふうなパーセンテージでオークションハウスやギャラリーから売られているんですか。

白石 オークションハウスの手数料は日本ではだいたい10パーセントから12パーセントぐらいです。ところがサザビーズ、クリスティーズになると、20から25パーセント。画廊はそれぞれで分かりませんね。

ロジャーズ そうした絵がどのルートを通して売れるのですか。オークションのルートか、もしくは画廊のルートか。

白石 両方です。この間、ダラスのある高名なコレクターのところに行ってきましたが、彼はオークションで絵は買いません。オークションの手数料は払いたくないとのことです。そのためにアドバイザーを雇ったほうが、オークションの手数料を払うより安上がりだということなんです。これがアメリカのビッグコレクターの考え方です。だいたいアメリカには約50人のそういうコレクターがいますが、そのコレクターが大きくなったのが美術館経営に繋がっていくと思っています。公立、私立の美術館に寄与しています。この話がなぜ、アジアでファンドが必要だということに結びつくのかというと、アジアではそういうアドバイザーがいないからです。ギャラリーがアドバイザーを兼任しているケースが多い。アメリカでも、例えばGギャラリーのガゴシアンあたりは、表向きではなくて、背景で何らかの形でファンドを組んでいると思います。自分のところでやった展覧会をグループのファンドで買っています。前に、なんであなたはアジアの絵を買うんですかと聞いたら、まだ安いからと。要するに投資になるからです。

ロジャーズ そのアートファンドの内容ですけど、アートピースについて、どうやってお金を作るのかということをお聞きしたいですね。基本的にはある程度マスターになっている日本のアーティスト、例えば草間彌生は聞いたことありますが、実際にそれでメイクマネーするか、もしくは例えば、まだ若いアーティストで、知られていないアーティストのアートピースを買い上げていろいろなエキジビションに飾ってこれから育てるということもあるんですか。この二つをブレンドでやるんですか。

写真左:白石幸生、右:エドワードJ ロジャーズ、アートファンド作りの想いを熱く語る。

日本の戦後美術はまだまだ安い

白石 この間、お渡しした資料をもう少し研究して欲しかったですね。我々は作家を育てる仕事をしているんですけど、二通りあります。若い作家を成長させるというのと、既に作家として完成している作家の価格を育てる仕事です。そして重要なのは、ファンドに組んだ作家は、これは5年間売らないんです。例えば、この桑山忠明という作家は現在、88歳です。東京藝術大学の日本画科を卒業しましたが。その未来に疑問を感じて、アメリカに渡ります。(作品カタログを見せながら)これは、彼が最初に日本画から抽象に展開した時の絵です。この当時はもちろんそんなに売れない。アメリカでミニマルアートの表現の世界がどんどん広がっていった時代です。その後、ミニマルアートからポップアートに変わっていったりとか、いろんな展開をした。でも彼は一貫して、抽象の世界を追求しているわけですけど、でも私はミニマルアーティストのつもりはないと言っているんです。今回、シンガポールのナショナルミュージアムが新しくできて、この間、草間彌生展ですごく人が入ったんですけど、今度、アメリカのミニマルアートから現代までという展覧会をやりました。そこにブラックルームっていうのがあるんですが、桑山さんのブラックの絵と、マーク・ロスコのブラック、バネット・ニューマンのブラックが、抽象表現主義の大家たちと一緒に展示されてます。

桑山さんの作品は、現在1500万円から2500万円ぐらい価格ですが、一方のロスコやニューマンは50億円から100億円ぐらいです。その美術館にジャカルタにビルをたくさん所有し、美術館も持っているVIPなコレクターが来たので、この人にファンドの話をして、桑山の作品をファンドに組むのはこの値段の違いですと説明しました。彼は美術館に展示された桑山さんの作品を2点、草間さんを1点をどうしても買いたいと言っていたんです。展覧会が終わらないと返事できないと言うと、毎日電話がかかってくる。私はとにかくあなたに売ります、と作家の承諾を取りました。終わったらこの美術館かあなたの美術館に行きますと。そのかわり、この作家の展覧会、ワンマンショーをやるときは最優先でやってくださいと約束しました。その時、今回のファンドの話をしたわけです。私がファンドを売りたいと思っているのは、こういう相互に信頼関係のある人になんですね。機関投資家とかそういう方は知らないですから。

ロジャーズ 会長のように信頼できる幅広い人脈をお持ちの方を非常にリスペクトしています。自分としてはアートフィールドは専門じゃないんだけど、私の専門はファンドを組成することです。過去には8つのヘッジファンドを組成したことがあります。50ミリオンから、1000億ミリオン単位のファンドに仕立てた経験はあります。ただし白石会長のような50年のアート業界の知識も一つもないですが、ただ、私のフィールドについては私が自信を持ってやれます。

白石 とにかく、日本の戦後美術はまだまだ安いんです。先ほど紹介したダラスのコレクターは、アメリカ人も注目している日本人、アジア人の値上がりする作品を買って、ダラスミュージアムに寄付するわけです。あなたが買った作品はずいぶん高くなっていますよと言うと、コレクターも美術館も喜んでくれるんですね。この前も展示しているのを見せてくれて、まだまだこの展示にないものを私は買いますよと言ってくれています。本職は金融のディーラーですから。この人が紹介してくれた人たちが西海岸にけっこういて、作品を買ってくれています。将来はいろんなところにファンドを売っていきたいけど、今回はできるだけ身近な人に持ってもらって、喜んでもらいたいわけです。この具体美術の上前智祐の作品だって、700万円ぐらいで売ってますけど、今、8000万円か1億円します。私は残念ながら証券のファンドを付き合いで買ったけれど、いつも半値とかになってしまって儲からないんですよ。ところが、私は絵で儲けてきました。その同じことをファンドを買った人に体験してもらいたいわけですよ。ただ僕らが売るのは件数が限られているんです。だから今回はなんとかやって、2回目を、例えば300億のファンドを組みましょうと始めたとしたら、絵を時間かけて集めなくてはならないし、お金も時間をかけて集めなくてはならない。その時に機関投資家を引っ張ってくるためには、最初の1号ファンドと2号ファンドの値上がりのデータを見せないとね。それを見せて信用させたいですね。

ロジャーズ そのためには、トラックレコード、データがすごく大事だと思います。ファンドの裏にあるプロセス、独立した第三者のアドミニストレーターというか、こういう人たちの独立した検証がとても大事になってきますね。

白石 例えばこの1号、2号ファンドは手作りで作って、3号ファンド、4号ファンドを売り切ったらすぐ次を組むわけですよ。この段階では少し大きくやりたい。データは評価が上がる作品に絞り込んでいきますから。データをもとに次のファンドを組みます。2号のトラックレコードを元にということですね。そうすると絵を見て判断するだけじゃなくて、フィナンシャルインベスターが入ってきてくれる。次のファンドを組んで買い始めると、前のファンドが上がるんです。相場が動くんです。だから次に早く買い始めることが大事なんです。できれば協力者と組んで、そのファンドで買っていきたい。ただそういう投資家が現れない場合は、今と同じようなプロセスでフリーアートファンド的に買っていく。買い続けないと、約束した利回りを保証できない。買い続けると利回りはよくなる。だから1号、2号ファンドは、ロジャーズさんもお金があったらぜひ買っておいたほうがいいと勧めたい。そういう気持ちのファンドなんです。このファンドがもし値下がりして、配当がゼロになるようなことがあったら、私の50年間のキャリアはゼロです。私の命のある限り、目の黒いうちはぜったいに下がらない。今まで僕は自分の資金だけで、日本画も常に評価を上げてきた。現代美術も評価を上げている。でも、これからはワールドになって大きくなるから、やっぱり一人の資金だけでは限界がある。ファンドに勝つには最後は資金力ですから。それでファンドを組むんです。とにかく日本にはアートファンドがないから美術品が銀行の担保にならない。印象派のルノアール、ピカソでも日本の銀行は担保に取ってはいけない。先進国では珍しい国なんです。だからそういうものを全て欧米並みにしていくには、1号ファンドを組む必要があるんです。でも日本ではできないから、香港を拠点にアジアでやる。とにかく日本でナンバーワンの証券会社の野村証券の関係の人たちが僕とジョーンズさんでアートファンドを組むのがふさわしいということで今日は対談をやっていますが、ジョーンズさんはどうして日本でアートファンドをやりたいと思われたんですか?

過去・現在・未来がファンドという名でパッケージされる

ロジャーズ 30年前に日本に来ました。西洋が日本に与えた影響で、日本がどう変化していったかということを知りたくて、その展開に魅了されて日本に来ました。何にすごく驚いたかというと、日本には1868年に鎖国から開国した時は鉄道すらなかった。そのわずか30年数年後、1903年から5年にかけて、日露戦争で日本がロシアに勝った。アジアの諸国で西洋の国を負かしたという歴史は、チンギス・ハーンがその一つかもしれないけど、それ以降500年間、そういう事象はなかった。私は70年代、80年代とアメリカで育ってきたけれど、その当時トヨタ、ホンダ、新日鉄、ソニー等アメリカの会社を負かす力を持った企業があった。その時、日本人が、なぜこのような驚異的な、特別な功績を残せるのかということを知りたくなったのです。他の諸国の人たちとどう違うのかを見つけに日本に来て、継続的に成功に達することができるということをこの目で確認しに来たわけです。見つけた解答は、日本の文化というのは西洋の文化とは全く違う。日本人の行動などは日本の文化を知れば分かるようになると思ったんです。それにはアートはまさしく文化を表すもっともいいメディアです。日本の文化を海外の人に知らしめるために、少しでも役に立てればと思っています。自分は投資家に対して、投資に対しての理解を深める仕事をしていて、日本の文化を少しでも知らしめられれば、海外からも日本の中でより良い投資ができるようになればと思っています。海外から来た外国人の立場として日本を理解するのはなかなか難しい。自分も30年日本にいるけど、日本人をはじめアジア人すべてに対して、西洋人がこの文化を理解するのはなかなか難しい。アートはその間を取り持つ、お互いに理解させるという意味では非常に重要なものです。

白石 ロジャーズさんは本当にアートが分かってらっしゃる。今、人間が生きるということそのものがアートなんです。私は1944年生まれですから、戦後を生きてきました。小さい時から、敗戦をした日本にいろんな文化が入ってきました。それで、日本が見えなくなった日本人もいるかもしれません。でも、アート作品を見ればその時代がよく分かります。アートは時代を映す鏡だと思います。今日、日本がアジアの中で最も先進国と言われるようになったのは、経済大国と言われるようになったのは戦争に負けたからです。だけど、たくさんの人が殺されたのに、アメリカが嫌いだという人が日本で見当たらない。要するに、それ以上のものをアメリカは日本にもたらした。民主主義という名の生活形態、今までなかった自由と平和、人間同士の愛の形を味わっている。そうした時代の一人一人の作家を紹介しながら、今回、その作品をパッケージとしてファンド化したんです。過去と現在と未来がファンドという名でパッケージされるんです。経済価値ということで、おそらくこれは10倍、20倍、100倍になるかもしれない。しかし、お金の問題以上に、実はその背景にあるアートがもたらしてきた人間の生きた証がパッケージされることに意味があるんです。私たちは最初、日本でアートファンドを、と思っていましたけど、今日本は、我々が戦後、パリやイタリア、アメリカに学びに行ったように、ベトナムやインドネシアやマレーシアなどアジアの国々からたくさんの人が日本にやってきています。アジアの人にとって日本は今、花のパリ、ニューヨークに匹敵する。そういう意味において非常に参考になる国であるけれども、中国の台頭によって、香港の存在がとても重要になってきた。そこでアートファンドは香港でスタートすることにしました。その関連として、「今、世界で評価され続けているアジア人作家」という本の出版を準備しています。もっともっと我々は国境を越えてアジアの繁栄に貢献しなくてはいけない時になっていると思っています。たまたま私がヨーロッパから、アメリカ、南アメリカと、ほとんど世界中のアートフェアで展覧会をやってきて、やっぱり今、アジアに絞ってやるべきだと思っているのは、今までの体験からそれが言えます。今度のファンドはロジャーズさんの会社とわたくしの会社が金儲けするためではない。アジアから間違っても戦争が起きてはいけない。アートは平和へのメッセージだと。そのために私たちはこのファンドをアジアの文化的指導をしている人たちにプレゼントしたいと思っています。綺麗ごとではなく、50年間ギャラリストをやってきて、これが私の最後の仕事だと思っています。

ロジャーズ 私はこのプロジェクトをお手伝いさせていただけて光栄です。考えてみると、現在は、過去の日本と海外とのやりとりと似ているような感じがしました。江戸時代の鎖国から1868年に日本が開かれて、その時に日本の文化、特に浮世絵が印象派に与えた影響は莫大なるものでした。日本は最近で言うと、バブルがはじけて、90年代、2000年代と難しい時期、経済崩壊という状況の中で、20年間近く失われた日本ということがよく言われていますけど、海外でも日本の復興があるんじゃないかと見ていた投資家たちもいるんです。だから今は明治維新と非常に流れが似ているとわたくしは思っていて、印象派が日本の浮世絵に影響されたように、またこのファンドがその役に立てるように、私としてもは手伝いもしたいし、アートの世界では白石会長がいろいろとプロモートされていることに協力したいですね。それから、関連出版もアートファンドのプロモーションとして、大いに効果があると思いますね。

白石 関連出版で登場する人たちは、私が本当に尊敬している人ばかりです。アーティストはもちろんのこと、それを応援してきた日本やアジアのキュレーターの人たち。このアートファンドはそういう人たち全ての想いをパッケージしています。これをやって、次のステップにいかなくてはなりません。出版を担当している僕とパートナーの大井さんとも45年間一緒にやってきています。二人とも昔は髪がふさふさしてましたけどね。これは信頼関係がないと絶対できないことですね。

大井 私はそういうことでこの関連出版の本を担当させてもらっていますが、この本で取り上げているのは、日本のアーティスト、アジアのアーティストもそうなんですが、評価が出遅れているアーティストを取り上げているんです。だからこういうアーティストに投資すれば将来あがるだろうということなんです。ご存知かどうか知りませんが、世界のアートマーケットの規模は8兆円あるんですね。日本のマーケットは調査の結果、2400億円。3パーセント程度なんです。

白石 そういう意味でも、アートファンドは絶対成功させなければならないし、この成功はおそらくアジアの政治、経済、文化的なものが、世界のリーダーシップを取ることに貢献できると信じています。その最初の行為だと僕は思っています。来年は東京オリンピックの年、その最大の盛り上がりを見せる年だから、大きなアジアのアートが立ち上がるような気がします。

ロジャーズ この大きな変化を迎えようとしている時代に、白石会長とこうした重要な仕事ができることを、本当にうれしく思います。今日は本当に貴重な時間をありがとうございました。

白石 とにかくこれからですから、しっかりやっていきましょう。

書籍情報
書籍名:今、評価され続けているアジアのアート
発行:軽井沢ニューアートミュージアム
発売 : ‎ 実業之日本社
発売日 ‏ : ‎ 2019年8月6日

※本記事に掲載されている情報は発行当時のものです。現在の状況とは異なる場合があります。

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