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コレクター道に学ぶ、アートとのつき合い方と楽しみ方と

評価され続けているアジアのアート
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評価され続けているアジアのアート

国際的に評価されているアーティストやアジアのアートマーケットに関しての書籍『今、評価され続けているアジアのアート』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第16回目は、アートコレクターの川崎祐一と白石幸栄の対談をお届けする。

コレクター道に学ぶアートとのつき合い方と楽しみ方と|美術界の達人に聴く

川崎祐一
現代アートコレクター

白石幸栄
株式会社ホワイトストーン社長

白石 川崎さんといえば、ネット・広告ビジネス界の若手経営者のホープといわれるほどに、その活躍ぶりが注目されています。一方で、大変なアートのコレクター(国内外の現代アートを中心に収集)でもいらっしゃる。しかも、若手世代のコレクターという点でも、稀有な方といわれています。本日は、我々ギャラリストにとっても頼もしい存在である川崎さんのコレクターとしての側面にグウーと、フォーカスしてみようと思います。

川崎 お手やわらかに。よろしくお願いいたします。

軽井沢の雨がもたらした未知の世界との遭遇

白石 それでは、なぜ、コレクションを始めようと思われたのか、そのきっかけやエピソードなどから、お話していただけませんか?

川崎 いまから7、8年まえの、ちょうど会社設立の時期だったでしょうか。妻と一緒に軽井沢に旅行しました。行く前から、観光スポットでもある雲場池のまわりをサイクリングするとか、ドライブするとか、いろいろプランを立てて乗り込んだわけですよ。ところが、軽井沢に着くや否や、大雨に降られちゃいましてね。しばらく車で雨の軽井沢の町を当てもなく、ぐるぐる駆けていると、美術館らしい建物に掲げられた看板文字「草間彌生展」が目に入ってきました。

ところが、妻の方から「ゼッタイこの展覧会は見たい! こんな雨の日に、ほかになにかやることあるの?」と強い口調で言うわけです。それに対して僕は「軽井沢まで来て美術館なんて、時間がもったいないよ」と。そんな妻との押し問答があって、「それでは、ほんの一時間だけつき合おう」ということで、ミュージアムに入って行きました。

草間世界の虜になってしまって!コレクション第一号に起業資金の大半をつぎ込む

白石 2012年にオープンした私共の系列の「軽井沢ニューアートミュージアム」ですね。この年に行われた「草間彌生展」を奥様の強引な誘いでともかく見てくださった。ちょっと雨宿りの、時間つぶしのつもりだったでしょうに(笑)。

川崎 はい。あまり期待せずにね(笑)。その頃、草間さんというお名前は、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションで有名な作家らしい、くらいの知識しかなく、むしろ妻の方が、草間情報には詳しかったですよ。

そして、ミュージアムに入っていった。会場を一巡するうちに完全に打ちのめされたように、草間世界の虜になってしまって! 作家のパワーというのか、インパクトの強さというのか、見る側にどんどん伝わってくる。

こんなアートとの衝撃的な出会いは、生まれて初めての体験でした。見て回っているうちに、出来る事なら、なんとか一点は手に入れたいものだと。さて、版画(当時の価格で100万円)にするか、本画(実勢価格は1100万円)にするかさんざん迷ったあげくに、御社専務の中嶋さんのアドバイスもあって、本画のパンプキンの絵(3号)を買うことになりました。

白石 出会った初日に潔く即断即決なんて! しかも、川崎さんのようにお若いコレクターさんは、そう滅多にお目にかかれないのですよ。そのころの川崎さんの年齢は、確か二十代の後半だったはず。購入資金はどうされました?。

川崎 当時、僕は27歳で会社を辞めたばかりで、そのあとすぐ会社を立ち上げようと。その起業資金として1500万円程の預金がありました。そのうちの1100万円を初めて出会った草間作品に費やしたわけですから、いまから考えると、ものすごい勇気のいる決断だったと思いますよ。

白石 奥さんもオーケーだったんでしょ?

川崎 あの頃の妻は、僕がいくら預金があるのか、どう使っているのか、おそらくなにも知らなかったと思いますよ。妻には有無を言わせず、僕の独断で押し切りましたから(笑)。

お気に入りの作品の前で。川崎祐一

現代アートを収集の柱に
いまでは、五〇〇点を超えるコレクションに

白石 ところで、最初の一点購入されたあと、何か心境やお仕事の方にも変化がございましたか?

川崎 はい。実際わが家のリビングに草間作品を掛けてみると、いままで何もなかった空間が生きいきして見えてくる。そして、毎日のように、クサマパワーがこちらに向かって飛んでくるわけですよ。そんな絵との対話のやりとりから、さあー、これから仕事を頑張らなきゃな、といったようにアクティブな気分にさせられるわけです。とくに会社を創業したばかりなので、絵からのメッセージが僕の意欲を掻き立ててくれました。

そのうち、反対側の壁にも、もう一点欲しいなあと。さて、どんな絵がいいのか、色々と調べはじめたり、情報誌を見たり、と研究もしました。そして、2点目は奈良美智さんの版画作品を手に入れました。当時の価格で300万円程でしたか。

そんなわけでアートに憑かれてどんどんハマっていく。(笑)幸運なことに、その後、ご両人の作品は世界のマーケット市場で予想外の高値で取引されていきますね。

白石 そうそう、我々もびっくりしました。さて、あの軽井沢以来、十年ほどの間に、五〇〇点をも超えるコレクションと伺っていますが。

川崎 ええ。それくらいの数量にはなるでしょうか。あれから、国内外のアートフェアーや展覧会、個展などを飛び回り、自分なりに研究を重ねて収集してきました。

収集のコンセプトは、国内外を問わず現代アートを中心に、まず、自分の目で見て回り判断して、これはいいな、と思う作品だけを、ほとんど直観で決めて購入しています。

社長室の壁面にも絵を掛けて楽しんでいるという。

生活空間のなかに取り込んで楽しむ

白石 近頃では、若い作家の作品にも注目しておられるようですが……。

川崎 最近では井田幸昌、KYNE、谷口正造、川島優、小松美羽らに注目しています。そうそう、ロッカクアヤコさんの作品は、以前からコレクトしていて、数年前の「アートフェア東京」の会場でご本人に初めてお会いし、そこに展示されていた彼女の作品(150号)を購入しました。

ちょうどその頃、新居を建てるタイミングで、我が家のシンボルになるような作品を探していた矢先に、まったく、僕が望んでいた通りの作品に出くわしたというわけです。

白石 それは、幸運な出会いでしたね。はじめから計画した場所に収まるという、まるでオーダー作品のようですね。で、その作品はお住いのどんなところに?

川崎 大きな作品ですから、我が家の中心をなす大きな部屋の壁にドーンと掛けています。そこからは、ガラス戸を通して大きく空が望める場所なので、ロッカクさん特有のカラフルな絵が、外の風景にリフレクションした絵とのコラボ効果で、なんとも不思議で面白い空間を演出して見せてくれます。それが、時間によって、あるいは光の具合によっても見え方が違って、見ていて飽きないのですよ。

いつかロッカクさんが、わが家に遊びに来られて、「ベスト・ポジションに収めていただいて」と大へん喜んでおられましたね。

白石 作家冥利に尽きる、というのか、ちょっといいお話ですね。そんなふうに生活空間にどんどん取り込んで、インテリア・アートとして日々のくらしのなかで楽しむ。そんな生き方が僕の理想でもあるんですよ。

川崎 後生大事に、お蔵のなかにしまい込むなんてとんでもない!

そんなわけでわが住まいは、部屋から廊下、トイレまで、僕の独断で配置したり架け替えたりして楽しんでいます。ただし寝室だけは妻にお任せ。あとはゼッタイ口を挟ませない(笑)。それから、トイレって、僕にとって一番気持ちが落ち着く鑑賞空間でもあるんですよ。差しさわりがあるので、作家のお名まえはヒミツにしておきますが(笑)。

白石 奥様やお子様の反応はいかがですか?

川崎 ええ、絵に囲まれて過ごすというのは、僕も含めてほんとに心地良いものです。

子供には、生まれて三ヵ月ぐらいから抱っこして絵の方に近ずけたり離したり。そのうち、子供の目がいろんな色を追いかけていく。顔の表情や目の動きから、あー、脳が活性化されているな、と分かるわけです。さらに、これは奈良美智さんの絵だよ、これ、誰々さんの絵だよ、きれいだね、とか話しかけながら見せるようにしています。いまでは、作家名を言っただけで、その絵を指さすようになりました。この頃は色かたちの違いを作家別にしっかり認識出来るようになりましたね。

白石 それは、すばらしい育児教育ですね。ある教育学者によれば、子供が、小さいころから、どういう環境で、どんな絵に囲まれて育ったのか、ということは、子供の感性や情操面での発達に、大きく影響するとも聞いています。

川崎 なるほどね。僕の会社も、クリエイティブな仕事が中心ですから、オフィスのあちこちに、インテリアアートとして誰もが気軽に鑑賞できるように掛けています。近頃は社員同士で、あの絵は好きとか、自分が持つならこの絵だとか、コーヒーブレークならぬアートブレークをやっていますよ。かつての僕がそれまで未知の分野だったアートの世界が、あることがきっかけで身近になる、愛好者になる、ということがあったわけです。

僕が住まいとオフィスと両方に、現代アートを取りこんで展示しているのも、そのうち僕らの仕事に関わる人の中から、あるいは来客の中から、ちょっとしたきっかけでアート好きな人が出てくるのではないかと期待しているわけです。

白石 ご自宅はもちろんのこと、仕事環境にもアートを積極的に取り入れているご様子など、いつか、是非とも拝見したいですね。

川崎 いつでもどうぞ、お待ちしております。

白石 先ほど、対談の冒頭で、これから注目される若手の作家を挙げていただきましたが、さらに、往年の作家やいまもなお現役として活躍している中から、いままで以上に再評価されるべき作家を挙げよ、と問われたら、誰を選ばれますか?

川崎 再評価という点で挙げるとすれば、靉嘔と桑山忠明作品、三島喜美代作品でしょうか。誰もが靉嘔作品のそれと分かる虹色カラーが独自のスタイルを創り上げている。そして桑山さん、三島さんもまた独自のスタイルとともに芸域を深化させてみせる、というわけでお三方に注目したいですね。

白石 「桑山忠明展」は、シンガポールから台湾、日本、香港と展示公開が決まっています。それから、「靉嘔展」もこの春からの夏まで、展示公開を予定しております。

川崎 それは楽しみですね。

ロッカクアヤコ《無題》192.0 × 140.0cm, カンバス, 油彩

コレクター道で学んだこと 今、現代アートへの投資は面白い!

白石 さて、コレクターの道を歩まれて、どんどんはまっていく。その理由は、一体どこにあるとお思いですか?

川崎 僕は、大学時代から株式の投資をやっていました。で、軽井沢旅行で初めて出会った草間作品や奈良作品などが、その後、価格的評価がどんどん上がっていく。そこで当然、資産としての値上がりが期待できると……。そんなわけでこの頃やっと、アートへの投資って面白いなァーと思うようになりました。

コレクターの心理としては、自分が好きで買い求めた絵が値上がりしていけば、こんなうれしいことはない。逆に価格が落ちたとしてもリビングやオフィスにかけて楽しめばいいのです。そんなゆったり気分でコレクトしていますよ。

白石 川崎さんのように、確固たる収集コンセプトをお持ちの若手のコレクターというと、今の日本ではまだまだ少ないのです。これって、国内総生産(GDP)世界第三位の国とは思えないですよ。お隣の台湾、中国には、スケールのデカイのがけっこういますからね。

そんなわけで、我々日本人も、もっとアート分野への投資に目覚めてほしいなァと思いますよ。

川崎 僕もそう思います。自分のような若い経営者に、もっとアート作品に興味を持ってほしいんですよね。

海外では、資産のポートフォリオに10パーセントから20パーセントの割合で、アートが含まれていますが、それが日本にはほとんど見当たらない。大きな違いを感じますね。しかし、ここにきて日本の若手も徐々に買い始めている。少し明るい兆しが見えはじめていますよ。

白石 えェー、そんな兆しがありますか?

川崎 僕は、若い経営者の集まりの会などで、今どんな絵を買ったらいいか、ねらい目の作家は? 値上がりが予想される人気作品は?、などと次々と相談をうけることがあります。そこで決まって言うことは、前にも述べましたが、自分が後悔しない本当に好きな絵を選びなさいと。これが大前提だと。そして、これから、アートのコレクションを始めようとするなら、まず、将来性のある若手作家に狙いを定め、それを自分の目で発掘し、育成しながら作家と共に成長していく、そんな覚悟で挑みなさいと、機会あるたびにそう言いまわっています。

白石 これから、コレクターを目指して歩もうとしてる方々にとって、川崎さんのような実体験者の言葉は、かなり説得力がありますからね。今後とも、お仲間の若手の経営陣を牽引するリーダーとして、川崎流コレクター道を推し進めていただきたいですね。私たちギャラリストも、力を尽くして支えていきますから。

川崎 とにかく、若手のコレクターが増えていかないことには、日本のアートマーケットは衰退していく一方です。アート人口が増えていくためには、僕のコレクター人生が始まったのと同じように、何かきっかけが必要なんですよ。あらゆる機会にアートに触れ合えるような、時とか場所とか……若い人たちが興味を持ちそうな機会とかをいっぱいつくることですね。

白石 いつか、僕のところのギャラリー企画で、若手経営者の異業種交流会でもやりますか?

川崎 それ、面白いと思う! 僕も応援しますから、ぜひやりましょう(お二人共満面の笑み)。

書籍本「今、評価され続けているアジアのアート」刊行の意図について

白石 弊社・ホワイトストーンは、創業以来、半世紀にわたり「日本の優れたアーティストの世界的評価を確立させるとともに、隠れた才能をもつ作家の発掘と育成」を事業理念に掲げてやってまいりました。

その一環として昨年から、表題の「今、評価され……」タイトルで、関連施設の軽井沢ニューアートミュージアムをはじめ、東京・銀座、さらに香港、台湾の弊社画廊で展覧会をスタートさせました。最近では、アジアの優れた作家を選抜して加えて、次々に巡回しています。

川崎 書籍の刊行も、そうした事業の一環としておやりになるわけですね。

白石 はい。本の内容をかいつまんで述べますと、美術評論界、美術業界等々でご活躍のオピニオン・リーダーの方々にご登場いただき、それぞれの立場、視点から表題に即して、独自の絵画論、エッセイをご執筆又は対談にご登場いただき、さらに弊社の来歴ヒストリーと、盛沢山の内容で展開しています。

川崎さんにも、若手のコレクターの代表としてご登場いただき、川崎流〝コレクターのすすめ〟論を本誌上に掲載させていただきます。

川崎 そういうところに参加させて頂くということは、僕にとってこの上ない光栄なことです!出版物の完成が待ち遠しいですね。

白石 僕がギャラリストの使命として常に思っていることは、優れた作家を発掘し、育成して世に送り出すことは勿論のことですが、もう一つは、〝日本を格好よくすること〟。ということは、川崎さんのようなアートに関心のあるコレクターを育てながら増やしていくこと、これが僕の願いでもあるのです。

こうした力の結集こそが、やがては、日本の格好良さを発揮できる起爆剤になると信じています。そして最後にもう一言。アートの世界だけは、国や宗教、思想、性別、言語の違いを超えて、誰もが一緒に楽しめるもの。通じ合える素材でもあると。万国共通のコミュニケーションツールだと思うのですが。

川崎 まったく同感です。僕もまた、アートのおかげで社会的地位や肩書などとは関係なく、誰とでもフラットに付き合える。そんなアートの良さを、これから、どんどん広めていきたいですね

白石 本日は、貴重なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。

川崎 祐一(かわさき ゆういち)

1984年神奈川県生まれ。インターネット総合広告代理店・株式会社リンクル代表取締役。京都造形芸術大学大学院客員教授。過去、株式会社リクルートでトップセールスマンとしてギネス記録を樹立。現在、ホックニー、リヒター、サイトゥ・オンブリー、ジョージ・コンド、ジャスパー・ジョーンズ、奈良美智、村上隆、草間彌生など、国内外約500点の作品をコレクションする現代アートコレクター。インスタグラムでアート情報を日々発信している。

書籍情報
書籍名:今、評価され続けているアジアのアート
発行:軽井沢ニューアートミュージアム
発売 : ‎ 実業之日本社
発売日 ‏ : ‎ 2019年8月6日

※本記事に掲載されている情報は発行当時のものです。現在の状況とは異なる場合があります。

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