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「絵のなかのこころ、言葉のなかのこころ」綿引展子×文月悠光対談レポート

2026.10.16
REPORT

シルバーウィーク最終日の午後に集まった、アーティストの綿引展子と、詩人の文月悠光氏。ふたりをつないだのは、綿引が2008年に刊行した書籍『手のなかのこころ』だった。文月氏が既に詩人として活動をしていた17歳のとき、北海道・札幌の近代美術館のミュージアムショップで手に取ったその本は、綿引のフルカラーの作品集であり、半生を振り返るエッセイでもあった。以降、文月氏は折に触れて読み返し、2014年には朝日新聞の企画で「忘れられない本」として語られたところ、その記事が綿引本人に届いた。そしてこの日、ふたりはようやく初めて直接顔を合わせた。

「この12年の時を経て、初めてお会いできた文月さんと、こうやってお話ができる機会があるなんて」と綿引は言う。トークのタイトルは、書籍にちなんで「絵のなかのこころ、言葉のなかのこころ」。対談は、アーティストと詩人という異なる領域の2人が、創作の根源的な問いをめぐって、穏やかに、深く展開していった。

旧作から新作への変化「余白」と「距離」

展示風景

展示風景

綿引展子: 今回の展示は、1階が新作を中心にした展示になっていまして、ドイツから持ってきた作品です。2階にあるのは、私がドイツに行く前に日本で制作していた作品がメインになります。旧作と新作を混ぜた展示ですね。本に載っていた作品もありますが、新作も見ていただいて、どうでしょうか。変わりましたか、私?

文月悠光: 2階は旧作と新しい作品がちょうど両サイドにそれぞれ並ぶような形で展示されているので、違いが分かりやすいですよね。

まず、視覚的にぱっと見て分かる違いは、色合いの変化、軽やかな感じ、新しいものは余白が増えたと感じます。『手のなかのこころ』に掲載されていた作品は、描き込みの量が多くて、筆のタッチが刻み込まれているように見えます。新作はキャンバスの地を生かすような描き方で、すっきりして見えるものが多い。これは何かきっかけがあったのでしょうか。

綿引: 日本にいたときは、和紙にオイルパステルという素材で、画面全部をおんなじ力で作っていくということを意識していたんですね。それが、だんだん少し息が抜けるというか、そういうことを覚えていったのは、素材の違いが随分大きく自分に影響したからなのかな。オイルパステルはいわゆるクレヨンみたいなチップ絵の具だから、直接手でゴリゴリやるわけですね。今はアクリル絵の具を筆を使って描くので、筆という媒体がひとつ入って、少し距離ができる。たかがだけど、そういう違いができてきたのかなと思っています。

「言葉から始まり、言葉で終わる」タイトルと詩人への敬意

綿引展子と背後にある《Finden》

綿引展子と背後にある《Finden》

綿引: 私は絵を描くとき、まず言葉で「こういう絵を描きます」と決めるんです。例えばこの《Finden》だったら、「大きな顔、伸ばした手」というように、まず言葉で考えて描き始めるんですね。でも、タイトルは一番最後。やっぱり言葉は直に伝わるからこそ美しくあるべきだと思っているので。言葉の並びね、意味だけじゃなくて。私はいつも、ある詩人さんの詩集をぱらぱらとめくり、自分が今考えている言葉に近い感じの言葉を探し、それを拝借したり、単語を変えたりして付けているわけですよ、タイトルは。

文月: その詩人は1人だけですか。

綿引: ほぼ1人です。石原吉郎と言います。あと、中原中也もやっぱり非常に綺麗なので。色味と相性ができる感じですよね、口で唱えたくなる。

文月:石原吉郎は今も根強い人気がある詩人でして。埼玉県ふじみ野市でも石原吉郎の詩と生涯をテーマにした舞台化プロジェクトが現在計画されています。同時に、シベリア抑留の経験者というイメージが強い、特殊な立ち位置の詩人でもあるのですが、どこで出会われたんですか。

綿引: 本屋で出会いました。おそらくなんですけど、亡くなった年ぐらいに全集が出て、本屋にバッと並んだんですよね。そこで最初に見たんじゃないかな。

文月: 初見で手に取ったということが嬉しいです、詩人としては。なかなか詩集を買いに行きますっていう方は、一般的に少ないと思うので。

世界を再構築していく創作論

文月悠光氏。テーブルの上に載っている本が『手のなかのこころ』

文月悠光氏。テーブルの上に載っている本が『手のなかのこころ』

文月: 私の場合は、詩を書くモードに入るために、決まって手に取る本がいくつかあるんですね。綿引さんの『手のなかのこころ』のような本をめくって見たりしながら、ふわふわと考えるところから始まる。人の作品を読んでいると、必ず「自分だったらこう書くな」とか「こういうふうに表現してみたいな」というのが引き出されてくるので。よく「作品を作るってゼロから1を生み出す作業じゃないですか」みたいな話をされるんですけど、ゼロじゃないんですよね。この世界にあらかじめある要素を自分の中に加えていって、どういう形に編集して出すか、ということなのかと。綿引さんも、世界にあるものから参照していますか? それとも完全に想像で作っているんですか。

綿引: 私の場合は、丸、丸、丸。で、もう丸と言ったら、(自分にとっては)人なんですよね。最初に人と植物とか、人の頭の上に乗っているものをよく描きます。具体的な形がないものに、形と色を与えていくという作業。だから、ゼロからではないですよね。人が存在するから、その形を込めていくと丸になったんです。仏像の頭のイボイボ(螺髪)は知恵を示すと聞いたときに、知恵に形はないけど、もし形があるならこうだよね、と納得した、みたいな。

文月:小さい丸の集積で丸を作っているじゃないですか。だから、細胞のようにも見えるし、私は何も情報を与えられずに見たときに、卵みたいとも、種みたいだなとも思ったんですよ。

綿引: よく言われるのが、いくら丼とか、要するにそういう生き物ですね。細胞もあえて考えることは多いんですけど。

ドイツにいると、やっぱり日本人とドイツ人、アジア人とヨーロッパ人の違いに皆さん興味があるんですよね。私は植物と人間って同じようなフォーム、すごく似てると考えているんですが、この説明をすると、初めて会う方に「ああ、日本人ってそう考えるんですか」と言われたんです。あ、そうか、これはもしかしたらヨーロッパの人たちはあまりピンとこないんだなって。

文月: ヨーロッパの大きな庭園に行くと、人間が思う形に生垣が刈ってあったりするじゃないですか。人間が自然の形をコントロールしている。逆に日本の庭園というのは、自然のままに置いていきますよね。もちろん計算した上での配置ですが。

綿引:そういう違い方を改めて思うと、「あ、おもしろいな」と思います。これは私の特徴の1つと言えるかもしれないと思って、今回は植物というのも1つのテーマとして、人と植物という形で展開した作品を多く展示しています。

種を蒔くように、自分を蒔く

《種を蒔く人》展示写真

《種を蒔く人》展示写真

文月: そちら側にある絵(種を蒔く人)が印象的でした。内側の世界が外側へと散っていく感じがありますが、その違いは、どこにあるんだろうと思って。

綿引:技術的な話をすると、同じ赤で描いています。下地の色によって同じ赤でも変わって見えるんですけれど。生きている生き物——これは「種を蒔く」というイメージなんです、私の中では。自分をまくような感覚で。

文月: この白く見えるものは壺ですか。

綿引: 壺です。

文月: すみません、お花かと思っていました。植物というテーマが前提にあったので。

綿引: 言われなければそう見えないっていうのも、絵の面白さだと思っているんですよ。「ああ、そうか」という部分と、「いや、自分にはこう見えた」という部分の、その間があるということ。

文月: では、この丸からピョンと出ているのも、種をまくように。

綿引:はい。生き物の元、みたいなものですね。

文月: この描かれている人の顔が、その生き物の元でできているんですね。

文化による表情の受け取り方の差異

目が印象的な《一緒に咲く》のクローズアップ

目が印象的な《一緒に咲く》のクローズアップ

文月: 綿引さんの作品を見ていると、絵の中の人物の顔つきが、悲しかったり、怖かったり、見る者をぎょっとさせるようなところがあって。でも遠くから見たときに、ちょっとユーモラスにも見えたりする瞬間が、絵によってはあるように思うんですけれども、これはどこまで意識されているんだろうなと。

綿引: 絵を描くときに、能面みたいなのを意識して、あらゆる表情をそこに託しています。ちょっといやらしい目つきとか、いろいろ考えて時々描いているんですけど、その目を見たドイツ人が「眠たそうな目だね」って言うから、「え、そっち?」と驚いた。やっぱり全然、見る人によって違うというのが、おもしろいところ。自分の中では、怒りってエネルギーだと思っているので、そういうものが、いろんなものと混ざって強く出る。それをまたどこかで客観的に見て、ちょっと鼻で笑っちゃうとか、そういうものを全部交えながら、表情が作れたらなあとは思っているんです。

文月:2階の展示室に、大きな顔の口の中から、小さな顔が覗いている作品がありますね。遠くから見ると大きい方の顔に目線がいくんですが、絵に近づいていくと、内部の小さい方の顔と、バチッと目が合う。出会っちゃった、みたいな感じで、すごくドキッとしました。

展示風景。文月氏が言及しているのは一番右の作品《ためらった のちに》

展示風景。文月氏が言及しているのは一番右の作品《ためらった のちに》

絵画制作の原点にある作品

《海辺の一日》の展示風景

《海辺の一日》の展示風景

文月: 綿引さんはセルフポートレート的なものから始まってから、自分を育て直す過程がある程度終わってから創作を始められたんですか。それとも、創作をしながら自分を育て直していくような工程があったのでしょうか。

綿引: 創作をしながら自分の体験を作り直す感じでした。今だから思うけれども、ほんとに自分で勝手に箱庭療法をやったみたいな感じ。でも、最初はセルフポートレートだったり、自分の子どもの頃の写真を使って作り直していった。

文月:2階に上がったところにあった後ろ姿のような人型の作品(海辺の一日)は、ちょうどそれくらいの頃に描かれたんですか?

綿引:そうですね。記憶によれば、キャンバスをもらったんです。それまではまったく使ったことがなかった。だけど、ずっと写真を使った作品に対して、これをやったらこうなるって分かってくると、つまんなくなっちゃうんですよね。 答えが見えちゃう。多分そのぐらいになったほうがうまくできてくるから、熟練や成熟という言葉の範囲なのかもしれないけれど、作る方のわがままから言うと、ちょっと退屈してきちゃう。

自分の中での限界がきた時に、あ、このキャンバスがある、絵を描こう、といきなり思ったんですね。あんまり先のことは考えてなかったです。大胆ではないんだけど、慎重じゃない人間で。

文月:描かれたのは油(絵具)ですか?

綿引:はい。その時にあった油とオイルパステルを混ぜて使って、これだったらいけるかなって、要するに見切り発車だけど、そのときの勢いやエネルギーがあの絵にあるなと思います。

文月:画材の違いもあるのでしょうか。下地の色が透けていて、新作よりも色味はくすんで深みを帯びて見えます。個展の中で様々な側面や顔が見えますよね。ぜひ近くで見て楽しんで欲しいです。

母との関係性の受容

トークイベントの様子

トークイベントの様子

文月: 今回のトークのために改めて『手のなかのこころ』読み返したときに、10代の頃には気づかなかった部分で、はっとさせられました。たとえば、お母さんとの関係性を書かれている部分。綿引さんは、ただ「こういうお母さんであってほしかった」という思いをぶつけるだけじゃなくて、「母も1人の女性として理想があったんだろうな」という理解をした上で、「自分も母も完璧じゃなかったよね」という形で受容されているんですよね。今でこそSNSの普及もあって、母と娘の葛藤を公に話す方が増えてきましたが、2000年代に女性の作家が自分の創作史を振り返りながら、家族のことも語った本というのは稀有ではないでしょうか。

綿引: さっき私が「自分を育て直しのように作品を作った」というのは、親であるけれども1人の人間であるということを認めなければどうにもならない状況のときに、少し子どもだった自分、多分10歳ぐらいの自分が背伸びをして、頭で理解をしたんですね。階段を上るんじゃなくて、ぴょっと一足飛びに、そういう結論にしたからこそ、この空間を自分は制作という中で埋めざるを得なかった。

文月: 幼くして大人にならなきゃいけなかった、ということですよね。

綿引: そうですね。本当は階段を上るように理解していったりとか実感していったりという関係が、その人の成長に合っていると思うんだけど。その過程を一気に抜いて、そして「親というものを1人の人間として見る」ことで自分が助かるというか、落としどころを見つけてしまったがゆえに、もう1回自分の歴史を作り直すという作業がそのとき必要になった。ただ、元々手で何かすることが好きだったから、絵を描くということにいったのかなあ、なんて。すごく個人的なことだけど、私の制作の中では、抜かすことのできない一段落だと思っています。

他人にボールを渡せる境地

綿引と2008年に制作された《いっぽんの幹》

綿引と2008年に制作された《いっぽんの幹》

文月:密度のある表現に惹かれてこられた綿引さんが「抜く」ことを意識されたというのは、私にとっても刺さるお話で。文芸の世界でも、年を重ねるにつれて作品が長くなる方が多いですし、夫が作曲家なのですが、不安になると音を詰め込みすぎる傾向がある、という話を度々していて。一つの作品に詰め込みすぎないのは大事だけれど、作品の密度まで薄れてしまわないか、抜くことの良さが読者に伝わるのか、という迷いで、ずっと揺れていたんですね。

綿引: 若い頃のエネルギーは、画面全体を同じ強さで埋めることが当然で。年齢を重ねると肩の力が抜けるのかな、と思っていたのですが、そうではなくて——どこか、相手にボールを任せられるようになる感じなんですよね。自分のために描いているけれど、見る人がいるという気持ちで描いているので、どう伝わるかを考えられる幅が少し広がった。それが余白を作れるようになった理由なのかなと、今は思っています。

一冊の本が、17歳の詩人と一人のアーティストをつなぎ、12年という時間を経て、初めての対面を実現させた。言葉と絵、それぞれの表現を選んだふたりが、共通してたどり着いていたのは、「見る人・読む人へボールを渡す」という境地であった。密度から余白へ、そして自己から他者へ。その移ろいは、表現を続けることで見えてくる景色なのかもしれない。

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