2017年、私の魂は突然、光を失った。すべての生き物が愛を失ったかのように、私は孤独であり、寂しさすら感じない。…そして私は宇宙に向かって、無に向かって、新たな時がもたらす新しい時空と光を見た。空は私の魂を導き、私の心を理解し、私の性質を見極め、私の願いを叶えてくれる。終わりがなければ、未来もないのだ。
-任思鴻

ホワイトストーンギャラリー香港では、任思鴻の個展『覚』を開催いたします。1960年代生まれの優れた芸術家である任思鴻は、1980年代後半から注目され始め、現在は“中国現代美術史現貌”の一員でもあります。今展では、2017年制作の「白黒」シリーズ、2018年制作の「色彩の価値」シリーズ、そして2020年のコロナ禍において制作された「花神」シリーズなど、過去3年間の作品を展示いたします。以前の制作スタイルとは異なり、より表現力豊かで抽象的な創作手法を用い、強大なエネルギーで観客をひき込みます。

1967年に河北省で生まれた任思鴻は、幼少時より絵画で頭角をあらわし、河北師範大学の油絵科で学んだのち、北京中央芸術学院のレジデンシャル・アーティストに。卒業後は中国で最初に設立された「円明園芸術村」に加入。円明園芸術村の解散後、アーティストたちは新しいスタジオを見つける必要に迫られます。結果、「宋荘」や「798」といった新しい芸術村が北京の各エリアに登場しました。任思鴻は2006年に號地国際芸術区へ入ります。1960年代に生まれた多くのアーティストたちと同様、集団主義と社会主義を中心とした多くの社会運動を経験したことが、彼をしてユーモアや不条理、アイロニーに満ちたアプローチを駆使し、経験や記憶を解釈することへと向かわせたのです。任思鴻の油絵は1995年の第3回中国油絵展で入選、2013年のヴェネツィア・ビエンナーレでの並行展『Unpresented Sounds』では彫刻が展示されました。

任思鴻にとって、絵を描くことは進化し続ける過程そのものであり、新たな制作に取り組む度に、自らの「癖」が露見しないよう自戒し、それまでと異なる作品を作り出しています。2017年に父親が亡くなったことで、任思鴻は一つの転機を迎えます。まるで自分の一部を失ったかのような喪失感は、形体と色彩双方への関心を失わせ、モノクロームの世界へ没頭、「無象」の手法がスタートします。彼にとって、それはさながら浮沈を繰り返しながらの時間飛行のようなプロセスでした。モノクロームにおける「無」の概念に憑りつかれ、「収穫がないことが最大の収穫」であると信ずるに至ったのです。黒と白は彼自身を癒し、自身をより強靭な境地へと向かわせました。

2018年以降、任思鴻はふたたび色彩の価値へと回帰し、赤・青・黄色の3つの原色にそれぞれの意味を与えます。任思鴻にとって赤は太陽とエネルギー、そして自由と奉仕を象徴。青は月と知恵、黄色は地球と道徳の象徴です。彼は色彩を宇宙のさまざまな要素にへと変換し、それによって宇宙がどのように運行するのかを理解しようとしました。モラルと常識が欠如している現代にあって、鑑賞者に感情・愛・エネルギーなどに心を開くように求めます。なぜなら、これら量では測れないものこそが、世界をより良くしていけると信じているからです。

2020年初頭、コロナウィルスの流行により、人々が外出しなくなり、突如世界は止まってしまったかのようでした。しかし、任思鴻はそこに緩やかな情熱を感じました。今までに馴染みなく、かすかな恐怖すら覚える感情。この経験は彼を静かに奮いたたせ、自らと向き合う時間を与えたのです。花のつぼみが開くように心を開き、美しく暖かいものに命を吹き込んだのです。そして、豊かな色彩と活発な筆致で「花神」と希望を描くように花を描き始めました。

任思鴻は絵画を通じ、世界の動向と人間の本質を理解することに努めています。そのプロセスで優しさの価値を学んだのです。作品を通じ観客にもこのエネルギーが伝わることを願っていますが、常にそうであるとは限りません。一部の人は彼の作品に恐怖を覚え、その形式に驚愕します。「人が作品を見とるき、作品も人々を見ている;それは鑑る者の個性を明らかにし、彼らがより正直に自分と向き合うように仕向けるのだ」