ホワイトストーンギャラリー香港は、日本に在住して30年以上になる中国人作家・婁正網の新作抽象絵画による個展『Elevation –生昇』を開催いたします。

婁正網の創作は伝統的な藁紙と墨に始まり、カンヴァス、油画、アクリル等多岐に亘ります。中国の墨絵や日本の具体に言及しつつ、ヨーロッパとアメリカの抽象表現主義の実践と融合。出発点は書でありながら、言語学的なシンボルから解放された絵画へと移行します。抽象的な風景を内なる声の表現へと落とし込み、独自のコンセプトと表現技法を築いてきました。婁の作品は無意識や自由なドリッピング技法からランダムに制作されるわけではなく、意識と無意識の狭間で均衡を取り、構図と自由な表現とを連関させていきます。調和とバランスを志向するところは、モンドリアンを髣髴(ほうふつ)とさせます。

創作の根底に流れるのは東洋の美学であるものの、その技法は複数の形態の本質を組み合わせたもので、ピュアな心理体験と視覚体験を織り交ぜて刹那の色彩的印象を創り出す。調和は婁の作品において主要なテーマであり、国籍・人種・地域・ジェンダーまでも超え、人間たるものすべてに共有される美学的経験を追求しています。この行程において作家は古い自我を捨て、観る人誰もを驚かせるような新たな創造の探求へと乗り出していったのです。

近年、婁正網はアトリエを構える伊豆の風光明媚な景観や豊かな文化に魅せられています。海や空、地方の文化と歴史への直観的な感応が自らの来し方や記憶と混じり合い、作品を異なる次元の高みへと押し上げます。風雨に洗われる予測不可能な自然現象が婁の作品には頻出しますが、それらは静寂に満ちた途端に荒れ狂ったりもするのです。

水と雲が近作では主要なテーマとなっています。自然において基幹の要素であるこれらに人間感情を反映させることは「原初的」かつ「普遍的」なこととされてきました。婁にとって人生は水のようなもの。それが小さな流れであれ、鏡ように静止したものであれ。波がくだけ、山や川を呑み込んでしまうようなものかもしれない。人生にはサイクルがあり、決して止むことはない。

『Elevation-生昇』は、2008年の大規模なインスタレーションに次ぐ、香港における2度目の個展となります。中国の干支は12年が一サイクル。12年ののちに婁は新作を携えて香港へ舞い戻りました。そこには作家の一貫した創造的エネルギーと、さらに精度を増した表現力がうごめいています。

今展で展示される20点には、婁の眼で捉えられた海と空だけではく、自然・天・地球・人類への彼女の内なる思想が投影されています。作品の中の雲と水は自然の主題を想像上の客体へと、単なる反映から心象へと変容させます。それらが含むのは暗示的なイリュージョンの美学であり、瞑想であり、悟りなのです。訪れる方がその世界観に魅了され、共鳴されることを期待しております。

婁正網
1966年中国黒龍省生まれ。幼少時より書道と絵画を学び1970~1980年代には書の世界で神童と呼ばれる。1986年来日以降、国際的シーンで長きに亘って活躍する。中国現代精神を持つ彼女の作品は国内外の主要な美術館とコレクターに収蔵されている。弛まぬ自己鍛錬により、伝統的な書の技法に習熟。また様々なメデイゥム遣いにも長け、豊富な経験を有す。常にチャレンジ精神を失わない婁正網は、盤石の書の礎、ユニークな美学的直観力と豊かな人間性をもとに「命と愛」「日月同輝」「心」「和合」「生生」「自然」などのシリーズを創作。壮大なスケールのなかに、想像力としての「宇宙と自然」、想像の魂としての「愛」が息づき、作家のイデオロギーが様々な位相で立ち現れる。婁の作品は伝統的な中国絵画を踏襲しているように見えながら、現代的な概念を強固に表現。抽象的な表層の奥には、人類や自然への愛が内包されている。