ホワイトストーン・ギャラリー香港は、人間の肉体と知覚にフォーカスした共同展『Body and SENSES』を開催しております。展示されるのはアイスランドの現代ガラス作家、アエサ・ビョークとイタリア出身の画家、ファビオ・モディカの作品。感情の在りようを表現し、感覚を刺激するさまざまなメディア遣いに注目します。人間の肉体は長きにわたりアーティストたちのインスピレーションの源となってきました。肉体はしばしば隠喩、美、セクシュアリティを開拓する手段であったのです。しかしながら、次第に肉体生来の知覚や芸術表現への適用の在り方への関心が生まれてきました。同様にビョークとモディカも内的風景と作品から引きだされる感情の呼応に関心を寄せています。

アエサ・ビョークはガラスと新たなメディウムとの間を横断するアーティストです。アイスランドのレイキャビックに生まれ、エジンバラ芸術大学でガラスを専攻。その後、ノルウェーのベルゲンにて実験的なガラス芸術を制作・発表するアート・スタジオ「S12」を設立。ビョークは、写真、ヴィデオ、ガラスなどを用いた実験的な作品のなかで人間存在の内側と外側、人間の知覚の狭間にある複雑な分かち難さを探求します。ビョークの作品ではガラスが重要な役割を果たしており、人間存在における強靭さと柔軟性と類似の二義性を作品に変換しています。

“Impression II”は、何百ものガラスの球体で負荷をかけられたアーティスト本人の肉体を映す2枚の巨大な写真によって構成されています。アーティスト自身の瞳は閉じられているものの、内面を見つめる視線が感じられます。ガラスを通して歪曲された肉体のみを見つめる鑑賞者の意識は、当然肉体そのものからは離れます。実験的なヴィデオ作品”SIN”は、アイスランド語で「視覚」を意味し、「内なる視覚」として解釈できるでしょう。ガラス球体の重圧に影響を受けた肉体の律動が音声として作品に刻まれます。人間の鼓動はここでは、脆くも強いものとして露わになりますが、それは透明かつ不透明、重量自在というガラスの性質とも相通じるのです。また、インスタレーション作品とともに、一連のガラスプリント作品も展示いたします。“Vision I-III” は半ば閉じた瞳をモザイク画像で提示した作品であり、我々が現実で見ている世界との差異を仄めかしつつ、人間の好奇心とそれが孕む危険からどのように逃れるかのバランスを探ります。ビョークの作品に彩られた展示空間は、訪れる人の感情の襞をわしづかみにすることでしょう。

同時に、ファビオ・モディカの作品は、女性の顔と身体を描いたシリーズを通し、人間の人生の起伏と経験を追求しています。ボローニャ大学で歴史と修復学を修め、ルネッサンス美術と古代神話の影響を受けたというモディカの作品は、当初、カヴァレッジョ的光彩に満ちた人物描写が主なテーマでした。2002年は、制作スタイルが半抽象へ向かう、彼にとっては記念すべき年となります。そのリアリズム的描写は次第に突き上げるような線描と色彩の積み重ねに取って代わられるのです。モディカのヌードアートへの情熱と抽象への深化は、“Dreaming Motherhood”や “La Ricerca della Luce”(光を探して)といった作品のなかに顕著に見てとれます。しかしながら、彼の個性が最も発揮されるのは、やはり女性のポートレート作品においてであり、その射貫くような眼差しは、鑑賞者にさまざまな時代 – 過去・現在・未来 – を同時に映し出します。

モディカの描く顔は記憶の断片をたぐり寄せ、万華鏡的な色彩を適用することによって、人人間の顔をあたかも魂の地勢図のように描き出します。その成果が結集したのが、今展でも展示される“グノーシス”シリーズです。「グノーシス」とはギリシア語で「知識」を表し、閃きや自己啓示を経験する個々人を捉えています。画家はまたアートを自意識の拡張や知性の刺激へ関係づけることに関心を寄せており、鑑賞者を脱領域的な経験へといざないます。

タブローはもちろん、ヴィデオ・インスタレーション、ガラスの球体に至るまで、『BODY and SENSES』は鑑賞者にシネマトグラフィックな経験を提供します。ふたりのアーティストの作品をとおし、心理の複雑さや感情の脆さや親密さといった人間の意識が刺激されるのです。

今展とも連動し、ホワイトストーン・ギャラリーと軽井沢ニューアート・ミュージアムはヴェネツィアにてグループ展“DIVERSITY FOR PEACE!” を開催中です。ビョークのインスタレーション作品“Shield III”(現代音楽家、ティナ・トルステインドッティルとの共作)とモディカのタブロー作品が展示されています。ヴェネツィアでの展示は11月24日まで。