1881 – 1973

1881年スペインのマラガに生まれ。20世紀を代表する天才のアイコンとしてあまりにも有名。多作の作家としてもギネス認定されており、絵画・版画・挿画・彫刻・陶器など多岐に渡る作品数は13万点を超える。美術教師である父の指導の下、幼少の頃より早熟な才能を開花させる。14歳でバルセロナへ移住し、美術学校に入学。1897年に制作された『科学と慈愛』が国展にて佳作を受賞したことを契機に、マドリードへ転居。1900年頃よりパリへ足繁く通う。同時期、生涯の友であるカルロス・カサヘマスが死去。失意のなか自身の鬱屈した心象を表すようなプロシア青で社会の底辺の人びとを描き、この時代はのちに「青の時代」と呼ばれる。1904年に本格的にパリへ移住。アポリネールやアンドレ・ブルトンといった文士や複数の恋人らとの交流で作風は一変、淡く晴れやかなピンクやグレーの色調が多用される。「バラ色の時代」と呼ばれるこの時期に『アヴィニョンの娘たち』を制作。この作品を糸口に、ジョルジュ・ブラックらと共に概念のリアリズムを追求したキュビズムを提示し、その旗手となる。時代や自身を取り巻く環境の変化が色濃く反映された作風はめまぐるしく変化し、スペイン内戦を描いた『ゲルニカ』(1937)など、後世に残る数々の名画を残す。ドラマティックな人間関係も相まって、生前も死後も依然人びとの関心を惹きつけ続ける存在である。

Selected Artworks

  • 時計の形をした頭部 19/20