1959年、韓国に生まれ育った金光圭さんは現在63歳。韓国の美術学校に学んだ後、パリのアクセサリー会社のクリスチャン・ベルナール社に6年間在籍し、その間、ジュエリー・デザイナーとしての地位を確立し、1993年以後、日本を拠点としながらジュエリー・デザイナーとして華々しい活動を展開している。作品はどれも金さんの精緻な感性と、名人芸的とも言える技術の冴えを見せており、人気のほどもさぞかしと思われる。ただし、金さんにとっての「本丸」があくまでも絵画(タブロー)にあることは本人も明言しているが、それは何よりも近年の旺盛な制作活動に明らかである。

今回展示されているのは比較的最近の作品であるが、主題、モチーフ、画風という点でも極めて変化に富んでいる。まず目を引くのは「フェイスカーテン」、「ブロックマン」、「世界旅行」、「パラレルワールド」など、顔をモチーフとした一連の作品である。顔とはいっても肖像画的な意味での、つまり人それぞれの個別的な「顔」からはほど遠いものである。「ブロックマン」シリーズは、生身の人間というより幾何学的に規格化された、それゆえに「性差」を感じさせない、しかしロボットとも違う異次元の群像である。正面あるいは横からのこれらの顔は、現代社会における画一化された無名の大衆であろうか。古来、国王、権力者などの肖像は正面性、不動性を強調したものが圧倒的に多い。見る者にゆるぎない存在感、権力、威厳などを感じさせるためであるが、「ブロックマン」シリーズでも、これとは違った意味での正面性が強調されている。大きく見開かれた彼らの目は我々を凝視し、同時に彼ら自身の内面を見つめているかのようである。

一方、「フェイスカーテン」では鼻、口などは多かれ少なかれデフォルメされ、その中で時に大きく強調された目が我々を凝視し、あるいはひとりもの想いにふけるかのようである。見方によってはシュールな不気味さを、あるいはある種の不安、悲しみをたたえた現代のイコンとも言えよう。「ブロックマン」をハードエッジ、直線的、無機的、男性的とすれば、「フェイスカーテン」はソフトエッジ、曲線的、有機的、女性的と言えよう。両者に共通しているのは、正面にせよ、横顔にせよ、いくつもの顔、頭部が画面をほぼ埋め尽くしていることで、「個」としては生きられない、平均化された「群衆の時代」の象徴的表現のようにも見える。色彩的にはそれぞれの作品は赤、青、黒などのモノトーンでまとめられ、色彩心理学的にも興味深い「実験の場」を提供している。

「パラレルワールド」もこれらの顔シリーズと関連しているが、ここでは群衆はさらにその数を増しながらひとつの巨大な、しかし方向性の定まらないエネルギーを発散している。そこには時にユーモラスなニュアンスも感じられるが、全体的には群衆の中の孤独、疎外感、不安を感じさせる世界である。近代の狂気をはらんだ群衆の画家として知られるのはベルギーのジェームズ・アンソールで、彼の《キリストのブリュッセル入城》は近代絵画最大の傑作のひとつに数えられる。金さんの「パラレルワールド4」の、群衆に囲まれながら我々にひとり視線を送る長髪の男は、構図的にもこの大作を思わせると同時に、アンソールのキリストの後裔、21世紀に蘇った孤独なキリストのようにも見える。

これまでの金さんの作品を総覧して驚くのは、これら多かれ少なかれ具象的な作品の前後に、あるいは並行して抽象的な作品が生まれていることである。《誕生》、《融合》、《分離》、《生命循環》などがそれで、その中には目のモチーフを生かした「顔」シリーズの延長、あるはヴァリエーションと見えるものもあるが、それぞれは独立的なモチーフを形成している。

《誕生》シリーズは原色系の、ほとんどフォーヴ的とも言える色彩の陶酔の中に展開する21世紀の宇宙創成神話、あるいは「創世記」で、画面に充満するエネルギーはクールな《ブロックマン》シリーズとは対照的である。美術史的には20世紀初頭に抽象絵画を創始したカンディンスキーの「熱い抽象」に連なる作品で、古典的な調和、バランス、静謐を意味するアポロン的に対する陶酔、激情を意味するデュオニユソス的な精神のマニフェストとも言うべき作品である。

ドラマチックな《誕生》シリーズといわばタッグを組んで、抽象的な側面を強調するのが《生命循環》シリーズである。《ブロックマン》シリーズと同様、個別的には特定の色を基調とするモノクローム的な作品が目立ち、その意味では《誕生》と好対照を成している。金さんの場合、作品のタイトルは作品の説明、要約とはなってないケースが多いが、《生命循環》は説明になっているケースのひとつである。画面の枠を超えてその外の世界へとつながって行く、無限級数的に絡み合う曲線は「生命の循環」と呼ぶにふさわしく、カオス(混沌)からコスモス(秩序ある空間)へと展開してゆく過渡期にあるようにも見える。

これまで見てきたいくつかのシリーズはそれぞれが独立的な「金ワールド」を形成しているが、制作に際し金さんは対象を一切見ることなく、イメージがいわば自発的に浮上するのを待つばかりという。シュールレアリスムにおける自動記述(オートマティスム)を思い起こさせるが、ここに挙げた作品以外にも注目すべき引く作品は少なくない。

今回の「金ワールド」を総観した時、そこには幻想的でシュールなヴィジョン、現代の漠然とした不安感、疎外感、様式的にはアンフォルメル、構成主義、幾何学的抽象など、様々な「顔」が浮かび上がってくる。どれが本当の金さんか、というより、どれもが多面体の画家金光圭その人と言うべきだろう。神出鬼没、「七つの顔」を持つ男金光圭の「心眼」に映るINNER SCAPE(内なる光景)のさらなる展開に期待したい。

広島県立美術館館長
千足伸行

Karuizawa Gallery
1F / KARUIZAWA NEW ART MUSEUM, 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1151-5 軽井沢ニューアートミュージアム
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