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アーティスト・山崎つる子のアトリエインタビュー

2022.4.3

具体美術協会に関して発行された書籍『GUTAI STILL ALIVE 2015 vol.1』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第7回目は、具体美術協会(以下「具体」)の創立メンバーである山崎つる子へのインタビューを取り上げる。具体と縁の深い兵庫県芦屋市のアトリエで、吉原治良との出会いから具体の発足、そして新作への制作意欲を山崎自身の言葉でお届けする。


88 歳の現在も、新作の制作に挑むアーティスト山崎つる子、芦屋市のアトリエを訪ねて。


1メートル四方のブリキ板と染料、シンナー、クリアーなど、作品制作用の画材を常にアトリエに用意している山崎つる子。現在88歳のアーティストは現役だ。内的な渇望が湧いてくるのを静かに待って制作を始めるという。いざ始まると、何点かの作品が出来上がるのは早い。新作を待ち望んでいるファンは多い。

今回、兵庫県芦屋市のアトリエに山崎つる子を訪ねた。この作家の60数年にも及ぶ美術活動の原点には吉原治良がいる。まだ二科会で作品を発表していた「具体」以前の吉原から話は始まる。

具体美術協会が創立されたのが1954年。しかし、具体美術の創立メンバーのひとり山崎つる子が吉原治良の元を訪ねたのは、その7年前の1947年に遡る。彼女は現存する「具体」のメンバーの中ではもっとも早くから吉原治良と関わりを持っていた。

山崎つる子:私がちょうど22歳の時(1947年)に、近所を歩いていたら、半紙で作った手書きの「絵画教室」の貼り紙が電信柱にありました(笑い)。それを見て友人と二人で、吉原治良先生の教室を訪ねたのが始まりです。先生は、二科会に出品なさっていた頃ですね。私は絵が好きでしたが、その教室に行ってみて、改めてどうしても吉原先生に習いたいと強く思ったんです。でも私の家では能楽の仕舞を家族で習っていまして、私もやっていました。母は三味線もやっていて和風だったんですね。ですから、油絵はいけないといわれましたが、無理に頼んでなんとか習いに行くことができたんですね。先生とは同じ芦屋でしたから、家の近くに運動場、市民のグラウンドがありまして、そこで偶然、吉原先生にお会いしたこともありました。家への帰り、グラウンドで芦屋市の医師会と芦屋芸術協会の先生方同士の野球の試合をしていました。その時、吉原先生はピッチャーをしていましたね。それで立ち見していると、先生も顔を覚えていて「あんたこの近所か、お茶もらえんかな」と言うてきましたから、家で働いている人にお茶を持ってきてもらったということもありましたね。

1947年は、まだ戦後から2年しか経っていない。その頃、吉原治良は二科会の関西支部の代表として、また「日本アバンギャルド美術クラブ」の結成などに参加するなど地元の芦屋市を中心に活発に美術活動を始めていた。その頃、絵画教室を開いた吉原治良は、後に具体の創立メンバーとなる山崎つる子に会うことになった。たがその時の絵画教室は、直接、具体美術協会の創立に繋がる内容のものではなかったという。

山崎つる子:しばらくは、リンゴ等の果物やそういうものを並べて描いたりしていたんです。その辺の娘さんたちと一緒に描いていました。ある時、私の妹の顔を描いて、首にツツジの花のネックレスを付けた絵、そのネックレスを描きたかった作品ですが、それを先生のところに持って行ったら「これはあんた18世紀の絵と違うか、あんた何を思ってんねん」とぼろくそに言われました。それで、私は泣いてしまったんですが、そうしましたら、先生は瞬きしないで私の泣いている顔をジーッと見ていました。気持ち悪かったですね。それから二科の制作があるからと、しばらく教室を休んでいました。少し経って二科の先生の出品作が新聞に出たのをみたら「涙を流す顔」という作品がでていました。あれは、あの時の私だと思いましたね。私は気分がまいってしまって泣いていたのに、それをまともに見て絵にしてしまうのには驚いてしまいましたね。先生もあんた描いたよとは一切言わなかったですね。

吉原の絵画教室から、山崎が具体美術協会の創立にかかわるようになったのは、涙を流したり悔しい思いをしたその教室で研鑽を続けた山崎の力が認められたからだろう。やがて山崎つる子は、創立メンバーの嶋本昭三に会うことになる。

山崎つる子:絵画教室に行っているうちに、嶋本昭三(1928~2013)が現れてグループ運動みたいなことせえへんか。そこにあんたも入れみたいなことを言われたんです。それが「具体」の元になるんですよ。その時はまだ上前智祐さん、関根美夫(1922~89)さん、くらいしかいませんでした。それが最初でしたね。それで、もっと誰かおらんかということで、0会を結成していた白髪一雄(1924~2008)さん、村上三郎(1925~96)さん、金山明(1924~2006)さん、を誘ってみましょうかということになりました。白髪さん達のグループは論議とお酒はよくやっていましたが、まだ作品を発表していなかったですからね。嶋本さんが、自分の作品をもって0会の集まりの時に行ってきたんです。その結果、吉原治良先生と合流したいということになったんですね。それで吉原治良の自宅の応接間に来てもらって先生との初めてのミーティングが行われました。何という会の名称にしようかということになったのですが、いろいろ候補はあっても、もうひとつ先生は気に入らなくて、そこで、嶋本さんが「具体」というのもあるんですけどと、その名称の文字を見せました。先生はそれをジーッと見ていて「面白いなあ、それは精神を具体化するという意味やろうな」と言って、それに決まったんです。

かくして「具体」は1954年に創立され、その翌年、まず7月に芦屋公園で行われた「真夏の太陽にいどむモダンアート屋外実験展」が開催され、10月には第1回具体美術展が東京の小原会館で開催されることになる。

山崎つる子:東京の第1回展の時は、缶に着色した作品を段ボールに入れて持っていきましたが、展示するときに先生がどう言うかわかりませんでしたね。私は作品を引っ込めようかとも思っていましたが、一か八か段ボールから出して並べたら、「面白いやないか、置いといてええ、並べとき」と言われて嬉しかったですね。壁面にはストライプの絵も展示してありました。缶の作品は展示会場で初めて先生に見せたわけです。結果はどうなるかわかりませんでしたからね。もともと写実はしていましたが、私が吉原治良の絵から感じとっていたのは、こういうこと、自由な発想の作品を創りたかったということですね。缶も平面の作品も、私は金属を使っていますが、「具体」の中では他にいませんでしたね。この発想は、夜中にタクシーの中から見たライトの反射、光るものの美しさがその原点にあります。あの当時の芦屋は、暗い照明灯のない道でしたからタクシーのライトが広告の看板にパッと当ると、暗闇の中から浮かんでくるようで、もの凄く美しく思いました。ブリキを使ったり、平面に鏡を素材として使ったのも、そこからの発想なんです。そのブリキとか缶に色を付けるのに、普通の絵具では透明感がでない。そこで、染料とシンナーなどを使う制作方法になりました。

1954年に行われた「真夏の太陽にいどむモダンアート屋外実験展」では、すでに代表作のひとつとなった「三面鏡ではない」を発表している。同作は93年にベネチアビエンナーレで、そして2007年には金沢21世紀美術館で再制作され、作品は大切に保存されている。また、来年ブラジルの美術館で常設展示が決まったという赤いテントの作品も、グッゲンハイム美術館で再制作されているが、やはり「真夏の太陽にいどむモダンアート屋外実験展」で発表されている。

「 具体」が本格始動した時、山崎つる子も、その時から早々と代表的な作品を発表している。当時は作品に使用したブリキなどの素材は薄く、柔らかく、仕上げもそれほど堅牢に完成されたものではなかったという。それが美術館などで再制作されると「カチッとできて上等になって、私の作品じゃないような完成したものになっていますね」というが、しっかりと美術館の中にその作品が収蔵されている。

初めて絵画教室の貼り紙を見た1947年から、わずか8年足らずで、全く新しいアートの扉を開いて山崎つる子は作品を残した。その後、金属を素材にした作品から、キャンバスに描いた作品を制作する時期、そしてポップ調の絵画を描くなど、さまざまな表現を展開し、国際的な活動を行っていくことになった。そして最近は再び金属素材による表現へと回帰した。

山崎つる子:作品は作り出したら早いですよ。何かをしたい、飢えたというか渇望の感じがでてこないと駄目です。そうでないと制作にかかれませんね。今さぼっているからやらなくてはという気持ちじゃなくて、ガーンと閃く、ショッキングな何か、それに叩かれないとなかなか身体が動きませんね。

今も1メートル四方のブリキ板と塗料はアトリエに用意されている。しっかりとした足取りで室内に置いてあるいろいろな作品を見せてくれる山崎つる子は、作品を制作する段になると、アトリエで一人になって、誰もいないところで制作に没頭するという。まだまだ光りと色彩の美を追求し続けている。

(月刊ギャラリー11月号2013年に掲載)

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